電動工具の盗難が問題となる中、Bluetoothスマートタグを活用した盗難防止策が注目されています。本記事では、電動工具の盗難問題の現状を解説し、スマートタグの機能と電動工具への搭載がもたらす盗難防止のメリットを紹介。さらに、スマートタグが現在電動工具に搭載されていない理由や、今後の展望について考察します。
目次
毎週のように盗難報道がある電動工具
近年、電動工具の盗難事件が急増しており、業界全体にとって大きな悩みとなっています。特に建設現場や車載工具箱など、監視が緩やかな場所での盗難が多発しています。盗難被害は、工事の進捗を遅らせるだけでなく、被害額も増加しており、被害者は多額の費用負担や業務遅延の影響を受けることが多いです。
電動工具は持ち運びが容易で、中古市場での需要も高いため、犯罪者にとっては魅力的なターゲットとなっています。また、盗難品の特定が難しいことから、犯罪者は比較的安全に横流しできるという背景もあります。
こうした盗難問題に対処するため、業界ではさまざまな対策が講じられています。例えば、ユーザーは工具に名前や会社名の刻印をつけたり人の目につかない場所に保管したりしています。また工具販売店などでは盗難補償や登録保証などを設けているところもあります。しかし、それでも盗難を確実に防げるものではありません。
そこで筆者が個人的に注目しているのが、Bluetoothスマートタグを活用した盗難防止策です。
電動工具にスマートタグを取り付けることで、工具の所在をリアルタイムで把握できるようになり、盗難が発生した場合も迅速に対応できるようになります。また、スマートタグが搭載された電動工具は、犯罪者にとっても売却が困難になり、電動工具市場における盗難の抑止効果をメーカーとして発揮できると予想しています。
Bluetoothスマートタグとは何か?
Bluetoothスマートタグとは、無線通信技術「Bluetooth」を利用して物品の所在や状態をスマートフォンやタブレットなどのデバイスと連携させることができる小型のタグです。近年の製品ではさまざまな企業からサービスが提供されており、「MAMORIO」「Tile」「Qrio」「Apple AirTag」などがサービスを提供しています。これらのタグは、キーホルダーや財布、バッグなどに取り付けて紛失防止や、ペットの追跡などに使用されています。
スマートタグは、タグとデバイスがBluetoothで互いに通信を行う機能を持っています。タグは、一定の距離内であればデバイスからの信号を受信でき、その距離や方向をデバイスに伝えることができます。デバイス側では、受信した情報をもとにタグが取り付けられた物品の位置を把握することができます。
スマートタグは、デバイスとの接続が途切れると「アラームが鳴る機能」や「デバイスと連携したクラウドサービスによりタグの位置情報を共有する機能」を持ち、例えタグが紛失したとしても家族や友人などと物品の位置情報を共有することで追跡や捜索を行えるようになります。
スマートタグを電動工具に搭載することで得られるメリット
スマートタグは既にアクセサリやキーホルダーとして普及している製品ですが、電動工具のBluetooth機能として内蔵することで外付けのタグ以上に役立つメリットがいくつかあります。
工具の位置情報追跡と盗難品の確認
電動工具にスマートタグを搭載することで、盗難防止や効率的な工具管理が実現できます。さらにスマートタグを電動工具本体のBluetooth機能と兼用し内蔵型とすれば、工具に直接組み込まれるため、取り外しにくく盗難時の追跡が容易になります。
さらに仮に盗難された場合であっても、盗難された製品を使用できないようにする動作ロック機能を有効にすることで動作確認による中古品売却を困難にしたり、店舗やそれを購入したユーザーが確認することで盗難品かを判別することも可能になります。
認証機能によるセキュリティ強化と無断使用の検知
スマートタグ機能では、認証機能を利用したセキュリティ強化が可能です。登録済みのスマートフォンやタブレットと連携し、特定のユーザーのみが電動工具を使用できるように設定できます。これにより、無断使用や悪意ある第三者による盗難・破損のリスクを軽減できます。
さらに、工具の使用状況や稼働時間を記録することで無断使用があった場合に通知を受け取ることができます。これにより、現場管理者は迅速に対処でき安全性や業務効率の向上が期待できます。
アフターサービスの迅速化
スマートタグを電動工具に搭載することで、アフターサービスの迅速化にも寄与します。使用地域や故障地点を取得できるため、あらかじめ地域の修理拠点に部品を多く在庫したり、電動工具稼働数に適した人員数に調整することで修理や点検の時間が短縮され、現場作業の中断時間も最小限に抑え全体的なサービス品質の向上が期待できます。
他業界におけるスマートタグ活用事例
実は、ここで挙げている電動工具のへのスマートタグ機能の内蔵は既に他社によって実用化されています。
米Milwaukee社が展開するONE-KEYは、同シリーズ対応の電動工具にスマートタグ機能を搭載しており、専用アプリと連携させることで機能を最大限に活用しています。ONE-KEYシステムでは、ユーザーはアプリを通じて工具の所在地を簡単に確認できるため、盗難や紛失を防ぐ効果があります。
電動工具にスマートタグ機能がまだ搭載されていない理由
費用対効果の問題
電動工具にスマートタグ機能を搭載する際に考慮すべき最大の要点が費用対効果です。
スマートタグ機能の追加により、製品価格が上昇することはもちろんのこと、継続的なコストを必要とするクラウドサービスによる提供となるため、その分の効果が得られるかどうかが重要な判断基準となります。
例えば、スマートタグ機能を実現するためのハードウェア的な要素は製品原価に単純反映できますが、ソフトウェア開発やその改修・クラウドサービスなどの運営は従来の電動工具メーカーが経験したことのないビジネスモデルになります。この辺りの経験の無さが、企業が取り組むための障壁になっていると考えられます。
技術的な課題
国内市場の電動工具の中には、Bluetooth機能を搭載した製品も存在します。例えば、HiKOKIはバッテリーにBluetoothモジュールを搭載しており、マキタのBluetoothモジュールはアダプタ式で製品に装着します。
これらの方式は位置検出や通知機能としての機能を果たすことは可能ですが、工具単体としての通信機能を搭載していないことからスマートタグ機能を提供する機能としては若干不安が残ります。
仕様的には、ボッシュのコネクト機能のような方式が最も理想的と言えます。ボッシュでは電動工具本体にBluetoothモジュール用のバッテリーを搭載し、工具側の電源を入れなくてもスマートフォンから遠隔操作が可能な仕様を実現しています。
今後、よりスマートにするならば電動工具本体にBluetoothモジュール用の別電源を搭載する方式が有望と考えられます。具体的には、コントローラー上に全固体電池バッテリーチップのような電子部品を搭載し、電源が入るたびに充電されるような仕様にすればよいと考えています。実使用的には、1充電で3~5日程度Bluetoothモジュールが動かせる電力容量を確保できれば盗難時の対応として十分な機能を果たせると考えられます。
ユーザーの認知度と需要
電動工具にスマートタグ機能を搭載することの実現には、ユーザーの認知度や市場の需要も重要な要素です。
現状、多くのユーザーそして企業自体がスマートタグが実現する盗難防止やアフターサービスの迅速化などのメリットを十分に理解していない可能性があります。また、電動工具ユーザーはプロフェッショナルな職人や企業が中心であり、一般消費者向けの商品とは異なるため新技術への適応が遅れがちです。
スマートタグ機能を電動工具に普及させるためには、メーカーや販売者がその利点を積極的にアピールし、ユーザーの認知度を向上させる必要があります。また、需要を喚起するためには、現場での実用性や効果を具体的に示す事例を提供することが重要です。
電動工具市場にスマートタグ機能は定番化するか
個人的な心象としては「Bluetoothモジュールを乗せてしまった以上、その応用サービスの適用は時間の問題でしかない」と考えています。電動工具の特徴を考えれば、Bluetoothモジュールを乗せられるようなプロ向け電動工具メーカーは、遅かれ早かれどこかの段階でスマートタグ機能の搭載に取り組むことになるでしょう。
先述した通りMilwaukee(TTI)・DeWALT(SBD)・などの世界トップ2メーカーは既に同様のサービスを開始しています。さらに北米ホームセンター大手 Home DepotではBluetooh通信を用いて適切に購買が処理が行われないと動作しない電動工具の販売方法を検討しているとも報道されています。
Home Depot plans to foil shoplifters with power tools that won’t work if they’re stolen – INSIDER
しかしながら、盗難や紛失が問題にされながらも、スマートタグ機能搭載電動工具の普及が最も進んでいる北米市場においても、スマートタグ機能を搭載する電動工具はそこまで求められている状況とは言い難い状態です。やはりその必要性や機能によるコストアップなどが敬遠されているようです。
とは言え、システムが上手く働けばこれまで行われてきた電動工具の盗難対策の中で最も効果的であることは間違いなく、何かしらの課題が解決され、全ての電動工具に搭載されれば盗難被害は一掃されることでしょう。
広く普及するためには、採算性の問題は当然としてユーザー・販売店に対する認知度も重要です。また、先述のHome Depotのような販売店向けシステムへの応用も考えれば、販売店向けのAPI実装も必要になります。加えてマニュアル整備や専門的な営業人員等も必要になるでしょう。
電動工具は従来の単純な作業工具としての枠を超えつつあり、さまざまな産業の先端技術を搭載しうるハイテク製品としての側面も持とうとしています。筆者は、従来のような電動工具の性能向上はアピール方法として通じなくなり、今後はこの手のハイテク要素が電動工具市場における主戦場になっていくと予想しています。
今後の新しい要素に新プラットフォームやビジネスモデルを見出し、ユーザーの利便性や売り上げ確保にどのようにつなげていくかが今後の電動工具メーカーの企画力の見せ所と言えるのではないでしょうか。
関連記事