本連載「Shadow of Tools」は、人知れず消えた製品や市場動向を見誤ってしまった電動工具製品を、当時の話題性、現在の動向、などを独自の視点から解説するシリーズです。
目次
電動工具にもワイヤレス充電を
BOSCH Power Ready Wireless Charging
BOSCHは2014年10月15日に、電動工具用バッテリーをワイヤレスで充電するバッテリー充電システムBOSCH Power Ready Wireless Chargingを発売しました。
この充電システムは、電動工具にバッテリーを差し込んだままでも充電できる機能を持ち、ワイヤレス専用の充電器とワイヤレス対応バッテリー・その周辺機器で構成されるワイヤレス給電技術を採用した充電システムです。
対応バッテリーはBOSCHの18V-2.0Ah・18V-4.0Ah・12V-2.0Ahの3種類が展開しており、既存の充電工具シリーズとの装着にも対応しています。
この充電式シリーズは2014年10月に情報が開示され、欧米市場で販売が開始した後、日本市場においても2017年に並行輸入品で販売が行われていましたが、2022年の現在では事実上の廃機種に近い扱いとなっています。
今回の記事では、BOSCH Power Ready Wireless Chargingにおける技術や当時の話題性、現在の動向について解説します。
バッテリーの着脱を不要にするワイヤレス充電システム
BOSCH Power Ready Wireless Chargingは、その名前の通り、充電器装着や充電ケーブル接続が無くても充電できるワイヤレスの給電方式です。
一般的な電動工具用バッテリーは、バッテリー本体から取り外して充電器に着脱することで再充電を行いますが、このワイヤレス給電システムでは、バッテリーを外さなくても充電パッドに置くだけのバッテリー充電を実現しています。
ワイヤレス給電の技術解説はそれだけで膨大な量になってしまうため、当記事での詳しい説明は説明は避けますが、BOSCHが採用した方式は、バッテリー底面と充電パッドに大型のコイルを内蔵して、空間に磁界を作ることで電力を伝送する方式を採用しています。
ワイヤレス充電を行うためには、コイルを内蔵した専用のバッテリーを使用する必要があり、当時の対応バッテリーでは18V-2.0Ah・18V-4.0Ah・12V-2.0Ahの3種類のバッテリーが展開されました。
車上の運用にも対応する可搬性の高い充電システム
BOSCH Power Ready Wireless Chargingは車載電源での充電も想定しており、車載12Vでの動作にも対応するアクセサリも展開しています。
例えば屋外で作業を行うサービスマン向けの使い方としては、電動工具ごとバッテリーを固定して、車での移動中に充電を行い、すぐ取り出して作業を始めるような使い方も可能です。
ケースに収納したままのバッテリー充電にも対応
BOSCH Power Ready Wireless Chargingは、ケース越しのワイヤレス充電にも対応しています。ケースから取り出さなくても収納したバッテリーを充電できるので、いつでも満充電状態で作業を開始できる特徴があります。
ケース越しの充電では、ワイヤレス充電に対応するケースに収納する必要がありますが、充電トレーに装着することで中身を取り出さなくても充電できる利点があります。
この専用充電トレーにも充電用のコイルが内蔵されており、ケース内の適切な位置にバッテリーが配置されていれば充電が開始される仕組みになっています。
バッテリー周りの性能が貧弱だったワイヤレス充電システム
発売当時の海外ユーザーの電動工具フォーラムでは、BOSCH Power Ready Wireless Chargingの評価と否定する意見で大きく二分されていました。アイデアとしては面白い製品ではあるものの、実用性の面では価格や重量の面で疑問を投げかけるユーザーも多く、話題性とは裏腹にあまり売れていなかった印象があります。
筆者個人の意見としては、一部の用途において需要はあったと認識しているものの、電動工具にワイヤレス充電は不要な技術だったと評価しています。
そのように評価した最大の理由こそ、電動工具の「バッテリーを交換しながら使用する用途」がワイヤレス充電の利点を活かし難かったためと考えています。
電動工具はバッテリー機器として消費電力が大きい製品のため、作業途中でバッテリーを交換しながら使用する用途が想定されています。そのために大容量のバッテリーが求められ、同時に超急速充電器も必要とされています。
しかしワイヤレス充電に対応するバッテリーは通常のバッテリーより容量が少なく重量も重い傾向にあり、充電時間に関しては、18V-4.0Ahの80パーセント充電で65分、フル充電では85分と長い充電時間を必要とします。
この充電時間仕様は、頻繁に充電できる作業環境または1充電以内に作業が終わる作業であれば問題無いのでしょうが、現在の充電式電動工具における成長トレンドはAC電源・エンジン式からの移行が中心であり、ユーザーの需要としてワイヤレス充電を必要とするシーンはほとんど無く、普及することはありませんでした。
充電時間・重さ・コスト
電動工具とは噛み合わなかったワイヤレス充電技術
使い勝手やビジュアル的には有意性のあるBOSCH Power Ready Wireless Chargingでしたが、2022年の現在では廃機種に近い扱いになっており、その後の後継製品や他社採用もなく、電動工具市場にとってワイヤレス充電は不要の技術として市場から消えることとなりました。
ワイヤレス充電はその機動力や使い勝手の高さとは裏腹に、充電速度やバッテリー容量の問題から、工場ラインや車体整備工場・工作レンタルスペースのような、取りまわしを求められながらも電源環境が必須の定点運用において力を発揮する方式でした。
これらの分野においては、既に電動工具の導入を完了しているユーザーが大多数を占めており、市場における新規需要はほとんど無い状態です。
例えば産業向けや整備産業ではその産業に適した実績のあるブランドの工具が導入されており、工作スペースにおいては低価格な製品が求められる傾向が強いため、高価格帯+付加価値の製品が入り込む余地はほとんど無かったと推測しています。
BOSCHだからこそできる、挑戦心に溢れた製品開発
BOSCH Power Ready Wireless Chargingは、電動工具市場に受け入れられたとは言い難い製品ではあったものの、BOSCHの製品開発方針におけるその挑戦心は高く評価しています。
リチウムイオンバッテリーを搭載する充電式電動工具が世に出始めて約20年が経過しており、プロ向け電動工具市場における普及度はほぼ100%の超成熟の状態に至っています。
超成熟に至った電動工具市場を再び拡大に導くためには、停滞を打破するための強力なイノベーションが必要ですが、展望の不確かな製品を市場に投入できるメーカーはあまり多くありません。結果は伴わなかったものの、BOSCHが展開したワイヤレス充電システムは、イノベーションによって電動工具市場の停滞を打破するために投入された製品として評価しています。
ちなみに2010年代前半は小型機器向けのワイヤレス給電規格Qi Ver1.0 が策定されたばかりで、当時は次世代のバッテリー給電技術として各メディアがワイヤレス給電を持て囃していた時代でした。
ワイヤレス給電対応製品が出始めたばかりの比較的早い2014年の段階で、当時の話題技術を採用し、成功を収められるかわからない製品を実際に形にしてまで展開を行う製品開発は、ジグソーやハンマドリルのシャンク、マルチツールのような業界を牽引する規格を何度も作ってきたBOSCHならではの動きと言えるでしょう。