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積層型リチウムイオンバッテリーとは
積層型リチウムイオンバッテリーとは、ラミネートセルとも呼ばれるバッテリー形態の1つです。別の名称としては、パウチ型、リチウムポリマー電池(ラミネートセル全般を誤認しているケース)とも呼ばれています。
ラミネートフィルムを用いているので外装缶の重量容積を省くことができ、同じ容積重量で高いエネルギー密度を持てるので、より大容量で高性能なバッテリーパックが作れる利点があります。
現在、積層型のリチウムイオンバッテリーはノートパソコンやスマートフォン等の薄型機器を中心に採用が進んでおり、最近では、より大きな容量を必要とするEVや電動モビリティのバッテリーパックへの採用も進んでいます。
積層型リチウムイオンバッテリーの利点と欠点
積層型リチウムイオンセルの採用には数多くのメリットがあります。
特に大きな利点として挙げられるのが、円筒型と比べ高容量を実現できる点です。金属缶を使用しないのでバッテリーセル自体が軽く、隙間なく高密度に配置できるので同じ体積でも高容量のバッテリーを構成することが可能になります。
ただし、積層型リチウムイオンバッテリーは、円筒型に比べて製造コストが高くなるデメリットが存在します。これは円筒型と異なり製造工程が複雑になるため避けられないものであり、積層型特有の形状を決めて薄いセルを積み重ねる工程が発生するためにどうしてもコストが上がってしまいます。
さらに、外装材にラミネートフィルムを使用しているために衝撃や振動に弱く、大型バッテリーパックにする際にはその対策も必要になります。加えて、バッテリーパック時に高密度実装した場合だと放熱が妨げられるために熱対策も講じなければならなくなるため、大型化するほど強度と熱対策を必要とするトレードオフが発生します。
現在実用化されている米DeWALTの積層型セルのバッテリーを例に挙げると、現行主力の90Whクラス(18V-5.0Ah)円の筒型セル搭載のバッテリーは149USD(約2万円)で販売していますが、積層型セル採用のバッテリーは299USD(約4万円)となっており、ほぼ同じ性能のバッテリーながらも約2倍のコストアップとなっています。
現状における積層型セルの電動工具市場への適用例
2023年8月時点では、DeWALT(米 SBD)のPOWER STACKとFLEX(中国 CHERVON) STACKED LITHIUMの2シリーズが積層型バッテリーを採用する電動工具用バッテリーとして販売しています。(日本未発売)
これらの積層型リチウムイオンセルは、SAMSUNG SDIやLG Chemなどが生産する規格サイズ品のバッテリーと異なり、バッテリーパックに合わせた特注のリチウムイオンセルであると予想しています。
最大出力や充放電サイクルに特化した設計を持つこのバッテリーセルは、電動工具用途に特別に適したものになっていると考えられ、充電式電動工具の性能を最大限に引き出すことが可能なバッテリーパックになっているものと言えます。
とは言え、先述の通りリチウムイオンバッテリーそのものの性能としては現行バッテリー技術のトレードオフの範疇に収まる製品であり、省スペースと高出力の代わりにコストパフォーマンスが悪化する製品になっています。
ちなみに、国内電動工具メーカーでは、国内最大手のマキタが積層型セルを採用する大容量バッテリーや小型バッテリーの開発を検討している段階にあるようです。また過去にも積層型リチウムイオンセルを採用したバッテリー BL2638を発売していた実績がありましたが、当時の充電式草刈機 MBC230DWのみの専用バッテリーに留まり現在は廃盤となっています。
現時点でユーザーが積層セルで受けられるメリットは僅か
2021年に販売が始まったDeWALTのPOWER STACKシリーズをはじめ、積層型リチウムイオンセルを搭載するバッテリー開発の機運が高まっている昨今ですが、実用的にユーザーが受けられる恩恵はそこまで大きなものではありません。
と言うのも、現状の電動工具向けバッテリーは、性能価格感とユーザーが求めている程度の要求水準はある程度満たせている状態にあると考えられ、さらに業務に使用するプロユーザーの所持率も既に100%近い商材であるため、多少の性能向上に多額のコストを払うユーザーは少ないと予想されるためです。
加えて、バッテリープラットフォームの移行を行う場合、製品一式の買い替えの煩わしさもあることから、例え新方式のバッテリーが登場したとしても、既存製品を大きく超えるメリットが無ければユーザーの心情的な障壁を超えることはできないと考えています。このあたりは、HiKOKI マルチボルトシリーズやマキタ 40Vmaxシリーズがいろいろな点で苦戦している点に近い結果になるだろうと考えています。
とはいえ、現時点での積層型バッテリーの採用が全て無意味というわけではありません。
コストを度外視しても小型で軽量の作業道具を求めるニーズは少ないながらも確実に存在していますし、長期的に見た場合においては、全個体電池をはじめとする次世代蓄電池は、積層型に近い形状のセルになるものと予想され、今から多少無理してでも積層型セルのパック技術開発や製造ノウハウを今のうちから進めておくのは悪くないものと考えています。
高い普及率と形成された価格感が新バッテリーの普及を阻む
筆者の見解として、積層型リチウムイオンバッテリーの存在1つが、電動工具市場に大きな影響を与えるほどのポテンシャルを与えるかについては現在の技術水準では懐疑的であり、実際に影響を与えるのはだいぶ先になると考えています。
電動工具産業の市場規模は、2020年時点で200億ドルに達しており、2030年には400億ドルへの成長が予想される産業に位置付けられています。しかしバッテリー市場そのものの長期的展望としては、バッテリー性能の向上でより大きな市場の車載バッテリーや定置用途の需要が電動工具市場以上に拡大することが予想されています。そうなると、電動工具メーカの影響力は低下するものと予想され、相対的にスケールメリットの利点を受けにくくなる可能性があります。
加えて、現行のリチウムイオンバッテリーによって成熟しきった電動工具市場の背景を考慮すると、価格の上昇を性能向上でユーザーが受け入れてもらうためには、現行バッテリー比較で約2~3倍の性能向上が伴わなければいけません。現在の次世代蓄電池のロードマップではそのような蓄電池の実用化が2030年前後と予想されており、現在の成熟された電動工具市場を考慮すると、積層型の本格的な次世代蓄電池が電動工具市場への普及が進むのは2035年ごろになると予想しています。
筆者は、次の充電式電動工具のバッテリーは、酸化物系固体電解質材料による5V級セルを採用したバイポーラ構造の20V(または40V)が登場してからが本番ではないかと予想しています。しかしながら、バイポーラ構造のバッテリーパック採用は開発費用や単価が高く、スケールメリットによる原価低減を強く意識しなければ量産費用を下げられないため、今から段階的に次世代蓄電池にも対応できる汎用的なバッテリープラットフォームでの囲い込みを進め、本格的な次世代蓄電池登場直後にすぐに展開できる体制を作らなければ、シェア拡大の大きな遅れになるだろう、と考えています。