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2023年8月5日

事業譲渡から5年、京セラインダストリアルツールズ(KIT)が電動工具市場に与えた影響

事業譲渡から5年、京セラインダストリアルツールズ(KIT)が電動工具市場に与えた影響

本記事は公知情報とそれを元にした編集部による考察によって構成しており、特定の企業動向や予測を保証するものではありません。記事内容は執筆時点の情報に基づいており、現在の状況や将来の動向については変更される可能性があります。本記事の内容を元にした企業や取扱店へのお問い合わせはお控えください。

2018年のリョービ電動工具事業譲渡から5年が経過した京セラ

京セラインダストリアルツールズ(略称KIT)は、「KYOCERA」「Power」「My」ブランドを展開する電動工具メーカーです。

元はリョービ株式会社の電動工具事業で製造販売を行っていましたが、2017年に京セラ株式会社への電動工具事業の譲渡を発表し、2018年1月にリョービの電動工具事業を継承する新たな企業として、京セラインダストリアルツールズに生まれ変わりました。

京セラインダストリアルツールズは、2018年の新会社設立から5年目を迎えています。京セラと言えば、グループ年間売上高 約2兆円、時価総額 約3兆円の巨大企業グループであり、世界有数の巨大グループ企業に所属しながらもいまいち印象に残らない電動工具ブランドの状態が続いています。

本記事では、リョービ電動工具事業譲渡後の京セラインダストリアルツールズの動向や今後の動向について予測解説します。

京セラインダストリアルツールズ移管後の主要な動向

京セラインダストリアルツールズの祖業に当たるリョービ株式会社の電動工具事業は1968年に始まり、80~90年代には世界的な全盛期を誇ったブランドです。

しかし、2000年代初頭に経営不振に陥ったリョービは、電動工具海外事業における全ての権利をTechtronic Industries(香港TTI)に売却し、残された日本電動工具事業も2018年に京セラへ売却した、という複雑な経緯があります。

海外事業売却の際、リョービは自社の工具ブランド「RYOBI」の権利さえもTTIに売却したため、日本国内で展開しているRYOBIブランド品で海外展開を行うことは事実上不可能になっていました。そのため、事業譲渡後により大きな市場である海外市場に挑戦したい京セラの立場としては、RYOBIブランドを排してKYOCERAブランドに替える必要に迫られた背景があったものと考えています。

そのため、事業譲渡後しばらくは経営の安定化と新ブランドの設立に経営リソースが割かれていたものと予想しています。

2020年1月:プロ向けブランド KYOCERAを展開

2018年の事業譲渡は京セラインダストリアルツールズ株式会社を設立する形となり、80%の株式を京セラが、残り20%の株式をリョービ株式会社が取得することで成立しています。そして、その2年後の2020年1月に京セラが残りの20%を取得したことで名実ともにリョービの電動工具事業は完全に京セラのものとなっています。

この時点で、京セラは新たな電動工具ブランドとして京セラの名前を冠する「KYOCERA」ブランドを立ち上げています。

このKYOCERAブランドは、リョービのプロ向けブランドを置き換える形で展開が進められ、主要製品のほとんどが灰色ベースに朱色をアクセントに加えたカラーラインナップの製品に変わっていきました。

2021年10月:普及帯ブランド POWERシリーズを立ち上げ

KYOCERAブランド展開以降も、DIY~セミプロ向けのグレードではRYOBIブランドの販売を継続していましたが、2021年10月にRYOBIブランドの終了も予告され、新たなブランドとなる「POWER」展開が発表されました。

POWERシリーズは家庭で楽しく安全にお客さまの「より良い住まいと暮らしを力強くサポート」をコンセプトにしたKITの家庭向けブランドと説明しています。

2022年9月:新バッテリー デュアルパワーボルトの展開

2022年9月には、新しい36V電動工具のデュアルパワーボルトを発表しました。

このバッテリーは現行の18Vバッテリーの互換性を保ちながらも36V出力構造を備える電圧切り替えバッテリーであり、基本的なコンセプトはHiKOKI マルチボルトバッテリーやDeWALT FLEXVOLTと同じものです。

残念ながら2023年時点で対応製品 3機種しか発売しておらず、搭載リチウムイオンセルも18650仕様しかないためにバッテリー容量的なアドバンテージもなく、特許回避構造によって若干のサイズアップもしているため、他社競合との比較で具体的な利点はないバッテリーとして評価しています。

KIT以外の京セラ電動工具ブランド

京セラグループは現在、京セラインダストリアルツールズ(KIT)のほかにもいくつかの工具ブランドを抱えています。

KIT以外の工具ブランドは主に海外市場を対象に製品を展開しており、「SENCO(センコ)」と「Tjep(チェップ)」はファスニング(締結)分野に強みを持つブランドとして評価されています。

SENCOは釘打ち機に強みを持つ工具ブランドであり、エア工具のほかに充電式電動釘打ち機も持つ先進的なメーカーとして北米地域を中心に展開が行われています。またTjepはエア工具を中心に鉄筋結束機などの鉄筋作業工具を揃えており、欧州地域で活躍している作業工具ブランドです。

KITを含む3つの電動工具シリーズは、将来的に統一した充電プラットフォームになることが京セラ本体の事業計画によって公言されており、これらの異なる充電式バッテリーは1つの構造に統一されるものと予想されます。

充電プラットフォームの共通化について、ユーザー的な利点は大きいものの、囲い込みを逃す要因になり、市場それ自体の需要創生にも繋がらないため、事業拡大にはつながらないと筆者は評価している。
画像引用:Kyocera IR Day (2022年11月25日)

ちなみに、京セラのソリューション部門 機械工具事業部はもう一つの事業として切削工具事業もありますが、こちらは旋盤加工やフライス加工に用いる切削加工向けの刃を扱う事業であり、空圧・電動工具事業との直接的な関連性はありません。

京セラの切削工具は旋盤やフライス盤を対象にしている。手持ちサイズのドリルやディスクグラインダ用の刃物とは異なる分野の扱いとなっている。

京セラ本体がKITをどうしたいのか未だに見えない

リョービの電動工具事業譲渡で京セラブランドの電動工具が世に出てから間もなく5年が経過しようとしていますが、正直なところ、京セラが電動工具に参入したことによる業界への影響はほぼ無かったものと捉えています。

2018年の買収時点では、京セラのような大手電子電気機器メーカーが電動工具事業に参入することによって、IoTサービスを絡めた革新的なビジネスモデルやアメーバ経営による事業規模の拡大などを期待していましたが、2023年になっても具体的なビジョンが見えておらず、何のために電動工具事業を買収したのか未だにわからない状態にあります。

一応の長期的展望として「海外市場の売上比率を高めたい」とする思惑は京セラブランドへの変更から察しているものの、競合企業に対抗しうるような商材や人材を拡充し、拡大に向けた具体的な動きが見えていない点に疑問を抱きつつあります。

京セラ本体が開示している事業説明を見る限りでも、KITに対する直接的かつ具体的な事業拡大施策は掲げられていません。同セグメントで優先しているのは明らかに切削工具事業の方であり、電動工具事業は優先順位の低い状態にあるとみています。

電動工具産業に対する筆者の私観として、電動工具市場は先発優位の要因が大きい市場であり、性能的な優位性の確保はそこまで大きい要素ではなく、既存シェアや実績的なブランディングのほうが遥かに支配的な市場なのだろうと予想しています。

この点を踏まえると、例え、京セラ本体が電動工具事業に本腰を入れて、財務状況に影響するほどの多大な経営リソースをつぎ込んだとしても、得られる成果が微々たるものになる可能性は十分あり得るため、経営的な判断として電動工具事業の優先順位が低くなるのは仕方ないだろうなと思っています。

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