電動工具の中で最も危険な製品がグラインダー(サンダー)です。そして、電動工具アクセサリの中で最も危険なのがチップソーです。この2つを組み合わせは禁止されていますが、実際の現場では使用されることも多く、事故は毎年のように発生しています。今回はなぜグラインダー(サンダー)にチップソーを装着してはいけないのか、その背景は何か、他に代用できる工具はないのか等を解説します。
目次
グラインダー(サンダー)にチップソー装着は厳禁
ディスクグラインダー(サンダー)は、砥石またはダイヤモンドカッターを装着して研削を行う工具です。
構造上、チップソーの装着も可能なので、チップソーを装着して使用するユーザーも一定数存在します。
しかし、ディスクグラインダーへのチップソー装着は非常に危険性が高く、電動工具メーカー・砥石メーカー・官公庁が使用の禁止を徹底してします。
今回はなぜグラインダー(サンダー)にチップソーを装着してはいけないのか、その原因と背景について解説します。
回転数が高く、超硬チップが飛散する可能性がある
チップソーは丸ノコやチップソーカッターに装着する刃物で、6,000min-1付近の回転数を想定した刃物です。
ディスクグラインダーはこれを超える回転数の製品が多く、中には高速型の回転数12,000min-1ものディスクグラインダーも存在します。
回転速度の上限を超えてしまうと、材料切削時に高速で衝突して超硬チップが割れたり、接合しているチップが剥離・飛散し、作業者や周囲に甚大な被害の原因になります。
グラインダーは切断面上に体を置く必要があり
キックバック時に被害が大きくなりやすい
グラインダーの切断は基本的に両手で保持して使用する工具なので、必ず切断面と体が重なる状態になります。この時にキックバック等によって反発やチップソーが材料上で走って手元を離れて暴れた場合、作業者に跳ね返ってきて避ける事もできず人体に当たります。
特に、小型のディスクグラインダーであっても、モーター出力は丸ノコ以上の製品が多く、ディスク径が小さいこともあって反発力が大きく、人体に接触した時には重大な事故に発展します。
木材切断はチップソーが走りやすい
ディスクグラインダーは丸ノコのようなベース(切断時に工具を置く板)がありません。ベースがない切断作業は位置によって反発力の方向が変わりやすく、保持する力を加える位置は常に変化します。
反発力によって切断中のチップソーが木材を乗り上げてしまう場合も多く、木材の上をチップソーが走ってしまうと作業者は振り回されて周囲にも被害を与える可能性があります。
ディスクカバーが小さく、接触時には広い範囲を深く裂傷させる
ディスクグラインダーのカバーは研削作業を行うための最低限の覆いしかありません。
砥石の場合、作業者に跳ね返ってきても皮膚が削れる場合で済む場合も多いですが、回転するチップソーの場合、触れただけで皮膚を裂き、骨も一瞬で切断してしまいます。
手を放しても回り続けて、被害を拡大させる
ディスクグラインダーはレバースイッチやスライドスイッチの製品が多く、作業者の手を離れても回り続ける工具です。何らかの不手際でグラインダーを手を放してしまうと、作業者だけではなく周囲の作業者にも被害を拡大させます。
チップソーは丸ノコ・チップソーカッターでも事故が多い
元々危険なチップソーを、更に危険なグラインダーに装着してしまう背景には、グラインダー特有の小回りの良さや現場作業のチョイ切りに重宝できるなどの理由があるようです。
しかし、チップソーは本来丸ノコやチップソーカッターに装着する刃物です。
これらの電動工具は「切断を安定させるためのベース」「体を正面に置かなくても切断できるハンドル構造」「トリガスイッチ」「チップソー全面を覆う保護カバー」「キックバック防止機能」などいくつもの安全構造を搭載していますが、それでも年間100件を超える死傷事故が発生しています。
実際に事故が発生した時のリスクは生死に関わるほど程高く、運よく大きな血管が傷つくのを避けられても、指の切断や後遺症に繋がります。自分自身の被害だけではなく、現場を止めてしまう周囲の影響などを考えると、デメリットの方があまりにも多く、得られるメリットは決して多くありません。
作業現場で使うと出入り禁止になる場合もあり
チップソー装着を指示すると罰則に抵触することも
ディスクグラインダーへのチップソー装着を直接取り締まる法律はありませんが、実際の業務として運用する場合においては、安全衛生法の抵触により事業者への罰則が下る可能性があります。
このような禁止の徹底には現場で過去に起きた事故や災害が背景にあり、その対策として電動工具メーカーが安全性を高めた製品を開発してきた経緯があります。
チップソー装着に限る話ではありませんが、今後もグラインダの事故が多発するようであれば、パドルスイッチを必須とする現場やX-LOCKグラインダ義務化、今以上に高度な安全構造を搭載したディスクグラインダや有資格者でないと購入できなくなる法改正などが行われる可能性もあります。
実際に事故が起きるまでは誰もが自分だけは事故を起こさないと自信に満ちています。注意や喚起を促しても「現場を知らないだけ」と反論されることも少なくありません。しかし、実際に事故に合った方は、口を揃えて「馬鹿な事をした」「絶対にやってはいけない」と語ります。
事故は誰もが望んでいないのは当然ですが、これ以上の実作業の妨げやコストアップになる安全機能の搭載も望んではいません。今以上の電動工具買替負担や安全構造による作業の煩わしさを招かないためには、作業者1人1人がしっかりとした安全意識を持たなければなりません。
グラインダーの安全構造は常に変わり、現在も進行中
ディスクグラインダーは単純な電動工具なので、登場した時から基本的な構造はほとんど変わっていません。
単純故に応用が利く工具として切断・穴あけ・アクセサリ装着による全く別の用途への転用など、万能工具として幅広く使われています。
その一方で事故件数も多い電動工具であり、被害も大きくなりやすいグラインダーは真っ先に安全対策の槍玉に挙げられてきました。過去までさかのぼると、構造変更や安全機能の搭載が行われてきました。
例えば、古いモデルのディスクグラインダーは本体後方のレバースイッチ仕様だけで、両手で持たなければON/OFFを切り替えられない製品でした。
その後、片手で使えてワンタッチでOFF出来るスライドスイッチが登場し、さらに握っている間だけ回転するパドルスイッチ仕様になりました。今ではパドルスイッチ搭載のグラインダーでないと使用できない現場も増えています。
そして、ディスクグラインダーの新たな仕様としてX-LOCKも登場しています。このX-LOCKはグラインダーの砥石の取り付け構造を一新してチップソーの装着を排除した新方式で、ワンタッチの砥石交換に対応しナットの脱落も防ぐ安全性の高い規格です。
チップソー装着の代わりになる工具
グラインダー+チップソー装着に対応できる「プロテクトX」
総合ワークツールメーカー「山真製鋸」からは、ディスクグラインダーのチップソー取り付けに正式対応できるディスクカバー「プロテクトX」販売しています。
プロテクトXはチップソーカッターに近い全面カバーと可動カバーを備えているので、労働安全衛生規則に準拠できるのが特徴です。このカバーを装着すればチップソー切断も可能です。
ただし、カバーだけで重量780gもあり、最大切込み深さも大きくとれず、全てのグラインダーへの装着にも対応していないのが欠点です。
グラインダー+チップソーに最も近い「マルチツール」
ディスクグラインダー+チップソーの組み合わせは使用しないのが最善ですが、実際には現場の合わせ作業や丸ノコ・手ノコが入らない現場などで、必要性に迫られてしまうケースもあります。
そのようなケースで活用できるのが、近年普及が進む万能電動工具「マルチツール」です。
マルチツールはディスクの回転ではなく、先端の振幅によって切断・研磨を行う電動工具です。本体サイズも小さく小回りが利いて安全性も高い電動工具として注目されています。ただし、切断性能はグラインダー程とはいかないので、その点は妥協が必要です。
現場だけではなく、監督や販売店・ユーザー一人一人の共通認識へ
もちろん、これは作業者当人だけの問題ではありません。中には、本来危険な作業を取り締まる側の監督者や会社側が危険性を把握していなかったり、僅かな手間を省く、工具購入を避けるために危険な作業をあえて指示するケースもあります。
さらに経験の浅いユーザーが言われるままΦ75mmやΦ110mmなどのグラインダーに装着できるチップソーを販売してしまうケースもあります。
筆者としては、効率を向上させるための僅かなルールのはみ出しは黙認せざる得ない部分もあるとは思いますが、その中には決して行ってはならない危険な行為もあり、明確な危険がある行為にはルールを徹底して確実に禁止を周知しなければなりません。
それらの危険性を伝えるのは作業者1人1人や監督・管理者や販売店・メーカーであり、工具に関わる方々の様々な形での相互注意が必要になります。ぜひ、一度自分の行っている業務やルールを周囲に確認してみてはいかがでしょうか。