※本記事は、筆者による情報収集・業界研究・独自考察を元に構成しています。
目次
マキタとHiKOKI(日立工機)企業規模は約2~3倍差
日本を代表する電動工具メーカーと言えば、マキタとHiKOKI(日立工機)です。この2社は日本発の電動工具トップブランドで、世界的なグローバル企業として展開を進めています。
日本国内でシェアを分ける2社ですが、企業規模の差は大きく、プロユーザー向け電動工具の日本市場では約6~7割がマキタユーザーであり、海外市場においても世界2~4位のシェアを確保しており、HiKOKIとマキタの間はマキタ圧倒的優勢な状態が続いています。
2020年現在、マキタは時価総額1兆円を超える大企業へと成長しています。一方のHiKOKI(日立工機)は国内2番手・海外では4~7位と評価され、この30年間は大きな売上成長もなく停滞経営が続いています。
現在でこそ、企業規模の差で大きく差がついたマキタとHiKOKIですが、平成初頭までは売上額の差も20~30%程度1で、さらに前の昭和の時代では日立工機が電動工具トップシェアの時代もありました。
この状態が崩れマキタが業界他社を圧倒的なまでに突き放すまでに成長したイベントこそ、2005年のリチウムイオンバッテリーの登場です。
今回は、電動工具業界史上で説明を欠かすことのできないビッグイベントとなった、リチウムイオンバッテリーの登場による業界の影響、なぜマキタが国内トップシェアの企業になり今尚不動の地位を占めたのか、マキタと日立工機の企業動向がどのように変化したのかを解説します。
電動工具メーカーの在り方を大きく変えたリチウムイオン
電動工具におけるリチウムイオンバッテリー採用は、電動工具業界にとって商材・技術・販路など企業方針のあらゆる点を変えてしまう出来事でした。
ニッカド電池時代は玩具同然だった充電式の電動工具が、リチウムイオンバッテリーの登場により瞬く間に現場の主力製品へ移り変わり、今日では、締結・切断・研磨・穴あけなど、ほぼ全ての現場作業でリチウムイオンバッテリー搭載の電動工具が使われています。
電動工具メーカーの開発方針も、定置型・電源コード式からリチウムイオンバッテリー充電式の電動工具に変わり、製品ラインナップは大きく一新されることになりました。
2005年に登場したリチウムイオンバッテリーは、2005年から2008年までの間に充電式電動工具を原動力とした成長市場を発現させ、バッテリープラットフォームによるユーザー抱え込みとラインナップ増強による新規ユーザー確保という2つの側面のユーザー獲得合戦が発生しました。
その中で、いち早くスライド構造のリチウムイオンバッテリー電動工具を投入し市場の成長と盤石な販売基盤を合わせて効率的に製品を投入したのがマキタです。マキタは、リチウムイオンバッテリーの類稀なる販売戦略によって、今日まで続く国内シェア1位不動の地位を固めることになります。
一方の日立工機は、リチウムイオンバッテリーの動向を読み違え、製品展開の遅れによって新規シェア獲得に後れる結果になり、成長市場の恩恵を十分に受けることが出来ないまま、国内業界2番手の地位に甘んじる結果となりました。
ちなみにリチウムイオンバッテリーによる成長市場は、2009年の民主党政権下で発生した円高によって一旦ブレーキがかかります。海外生産・売上の依存率を上げていた電動工具メーカー各社は、円高対応に舵を切らざるを得なくなりました。
一世を風靡したマキタのリチウムイオンシリーズ
マキタのリチウムイオンバッテリー電動工具1号機は、2005年2月に発売したインパクトドライバTD130Dです。
この製品は、現在の充電式電動工具と同じスライド装着構造を採用しており、充電時の強制冷却・デジタル通信などを搭載する現在の充電式電動工具の基礎とも言える構造を搭載する製品でした。2
このリチウムイオンバッテリーの登場によって、当時の現場ユーザーの充電式電動工具に対する認識は一変し、瞬く間にリチウムイオンバッテリー搭載の電動工具への転換が進みます。
僅か1年で主要製品を拡充、驚異的な製品展開で瞬く間に市場を掌握
マキタの14.4Vリチウムイオンバッテリー 充電式電動工具の功績は、リチウムイオンのインパクトドライバを最も早く投入しただけではありません。僅か1年ほどの間に主要な電動工具のリチウムイオンバッテリー製品の展開を並行した点にあります。
TD130Dを発売した2005年から2006年までの間に展開した14.4V電動工具は下記15機種です。
- 充電式インパクトドライバ TD130D (2005年2月発売)
- 充電式インパクトレンチ TW152D (2006年2月発売)
- 充電式ソフトインパクトドライバ TS130D(2005年9月発売)
- 充電式4モードインパクトドライバ TP130DRFX(2006年3月発売)
- 充電式ハンマドリル HR162D(2006年2月発売)
- 充電式震動ドライバドリル HP440DRFX(2005年6月発売)
- 充電式ドライバドリル DF440D(2005年6月発売)
- 充電式ピンタッカ PT350DRF(2006年2月発売)
- 充電式オートパックスクリュードライバ(2005年8月発売)
- 充電式125mm丸ノコ SS540D(2005年6月発売)
- 充電式防じんマルノコ KS521DRF(2005年6月発売)
- 充電式ディスクグラインダ GA400D(2006年2月発売)
- フラッシュライト ML145(2005年11月発売)
- 充電式蛍光灯 ML144(2005年9月発売)
- 充電式ラジオ MR100(2005年9月発売)
これらリチウムイオン電動工具シリーズの早期展開により、当時のマキタは2008年期まで売上高の最高額を更新し続け、過去に類を見ない驚異的な企業成長を成し遂げました。
国内はもちろんのこと、北米・欧州地域でもシェアの拡大に成功し、電動工具メーカーとしてマキタの地位は盤石なものになります。3
リチウムイオン戦略の初手を誤った日立工機
対する日立工機は、マキタの3か月後である2005年7月にリチウムイオンバッテリー搭載のコードレスインパクトドライバ WH14DMLを発売しており、リチウムイオン展開が遅れているわけではありませんでした。
日立工機の初代リチウムイオンコードレスシリーズは差し込み構造を採用しており、従来のニッカド・ニッケル水素との互換性を維持した特徴を持っていました。しかし、これが今日まで続く日立工機にとっての失策になります。
互換性の確保によって既存ユーザーの囲い込みを狙った日立工機でしたが、差し込み式特有の充電器端子接点の複雑化・接触抵抗の問題・工具バッテリー配置による握り手の太さなど、互換性を維持したことによる問題点が浮き彫りになり、差し込み式のリチウムイオンバッテリー電動工具は3機種で打ち切りとなり、その後のコードレス電動工具の展開に大きな遅れが発生しました。4
2006年6月には、高出力の18V差し込みリチウムイオン電動工具も展開しましたが、市場からの評価を得るには至らず、海外展開含め10機種程で打ち切りのシリーズとなりました。
2006年にスライド構造へ転換、本格展開は2007年から
差し込み構造の失策によってリチウムイオン戦略の見直しが必要になった日立工機は、WH14DMLを発売した1年後の2006年9月にスライドバッテリー構造の新インパクトドライバ WH14DSLを販売して再スタートを図ることになります。
日立工機が2006年から2007年の間に展開した14.4V対応コードレス電動工具は下記14機種です。
- コードレスインパクトドライバ WH14DSL(2006年9月発売)
- コードレストーチライト UB18DAL(2006年12月発売)
- コードレスランタン UB18DSL(2006年12月発売)
- コードレスインパクトレンチ WR14DSL(2006年12月発売)
- コードレス全ねじカッタ CL14DSL(2007年1月発売)
- コードレスディスクグラインダ G14DSL(2007年3月発売)
- コードレスドライバドリル DS14DSL(2007年3月発売)
- コードレスブロワ RB14DSL(2007年5月発売)
- コードレス丸ノコ C14DSL(2007年5月発売)
- コードレスロータリハンマドリル DH14DSL(2007年5月発売)
- コードレスチップソーカッタ CD14DSL(2007年6月発売)
- コードレスジグソー CJ14DSL(2007年7月発売)
- コードレス振動ドライバドリル DV14DSL(2007年9月発売)
- コードレスブラシレスインパクトドライバ WH14DBL(2007年9月発売)
遅れること2年かけることでマキタ同等のリチウムイオン電動工具ラインナップに達し、2007年9月には、ブラスレスモーター搭載インパクトドライバ WH14DBLを発売することで業界に大きな衝撃と影響を与えましたが、リチウムイオン戦略で市場を大きく先行するマキタに追いつくには遅すぎた登場でした。
リチウムイオンバッテリー化による成長市場の恩恵を受けることなく、2009年からの円高経済に身を投じることになります。
技術の転換点でうまく立ち回ったマキタ、読み違えた日立工機
リチウムイオンバッテリーが電動工具市場に与えた影響は大きく、売上額推移のグラフを見てもリチウムイオンバッテリーが登場した2005年から円高が始まる2008年の間にかけて、マキタの売上高が大きく成長していることがわかります。
電動工具のリチウムイオンバッテリー黎明期においては、技術の転換点でうまく立ち回ったマキタが勝者となり、2013年以降の充電式園芸機器拡販や清掃機器市場の開拓につながるなど、マキタの売上をより成長させる基盤となりました。まさにリチウムイオンバッテリー戦略の成功は、マキタ経営史上、欠かすことのできない出来事です。
対する日立工機は、リチウムイオンバッテリーをニッカドやニッケル水素のような従来のバッテリーの延長線上の技術としか考えておらず、当時の方針を見る限りマキタのような本腰を入れていなかったことが伺えます。
歴史に「もし」はないとも言いますが、もし当時の日立工機がリチウムイオンバッテリー1号機からスライドバッテリー構造を展開し、2005年時点からマキタと同じペースで新製品投入を行っていたならば、HiKOKIは今頃マキタに並べる大企業になっていたのかもしれません。