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充電式工具バッテリーの容量増加が止まって約8年
充電式の電動工具が主流になった昨今において、ユーザーが気になるのはバッテリー容量の今後です。最近は大型サイズのバッテリーも登場して8.0Ahバッテリーや背負い式バッテリーなどの大容量バッテリーも入手できるようになり、電源コード式から充電式電動工具への転換が進んでいます。
ここ最近も新しいバッテリーが登場しているので、バッテリー性能も年々向上しているようにも見えるのですが、実は電動工具市場におけるバッテリーパックの体積比的な容量向上はほとんど進んでおらず、2015年に登場した6.0Ahバッテリー以降からバッテリー容量の向上はほとんど進んでいない状態です。
今回は、充電式電動工具バッテリーの性能向上の現状と今後の展望について語りたいと思います。
バッテリー容量増加で売り上げが伸びていた電動工具市場
電動工具メーカーの売上は、リチウムイオンバッテリーの登場とバッテリー性能の向上によって売り上げが向上してきた歴史があります。
バッテリー容量向上については、3.0Ahバッテリーでは2012年まで容量増加がなかったものの、2013年登場の4.0Ahを皮切りに2015年の6.0Ahまで容量増加を続け、新しいバッテリーへ買い替えるついでとして新しい電動工具に買い替える需要も生まれ企業全体の売り上げも順調に伸びていました。
当初は一部の電動工具にしか適用されていなかったバッテリーも性能向上によって用途も広がったことで、幅広い産業用製品に適用できるバッテリープラットフォームとして拡大しました。
現在においてもバッテリーの大型化やBluetooth化など目まぐるしい進歩はあるものの、電動工具に採用されるリチウムイオンバッテリーそのもの容量や出力性能としては2015年登場の6.0Ahバッテリー以降大きな進歩がありません。
例えば、36V電動工具に代表される高出力シリーズの充電式工具では、18V-5.0Ah(36V-2.5Ah) に容量が減少しており、大型バッテリーの18V-8.0Ah(36V-4.0Ah) は21700セル採用による大型化で容量を増やしているため、体積容量的な考えとしてはこの10年程はバッテリー性能の進歩は止まっていると言っても良い状態です。
SAMSUNG 50Sセルの登場で数年ぶりにバッテリー容量密度は向上
電動工具に採用される現在のリチウムイオンバッテリーセルは、18650サイズで3.0Ah・21700サイズで4.0Ahが事実上の最大容量となっています。
先程、電動工具向けバッテリーは10年程進歩が止まっているとは言ったものの、実は2021年に容量がより大きく、電動工具用途にも対応できるSAMSUNG 50Sセル(21700サイズ 5.0Ah)が発表されました。
このセルは21700サイズなので、HiKOKI BSL36B18やマキタ BL4040のような一回り大きいバッテリーパックになってしまうものの、体積比では最も大きなバッテリー容量を持ち、18V-10.0Ahや36V-5.0Ahなどの大容量バッテリーの構成も可能にできるバッテリーセルになっています。
50Sを搭載する電動工具用バッテリーは一部販売も行われており、国内ではHiKOKI BSL1850C(18V-5.0Ah)、海外ではMetabo 625549000(18V-10.0Ah)・DeWALT DCB615(18V-15.0Ah)として販売されています。
とは言え、50Sは容量・出力比のトレードオフを完全に脱したバッテリーセルではないようで、容量の増加によって出力性能が下がっているためか主力の充電式電動工具シリーズとしては採用が見送られているようです。
ちなみに50Sは若干高価なバッテリーセルであるため、HiKOKI マルチボルトバッテリーに採用された場合を想定すると、実売価格3万円前後になるものと予想されます。BSL36B18を基準に比較すると容量は1.25倍で価格は1.5倍になってしまうので、その価格上昇分に価値を見出せるかは難しいものと考えられます。
積層セルはデメリットも多い、小型機器での新需要に期待
バッテリーの容量を大きくするもう一つの手段が、ラミネートパックによる積層セルの採用です。
現在の電動工具向けバッテリーは規格サイズの円柱型セルを組み合わせたパックを仕様しています。これはパック化した時のサイズに制限があるので各メーカーで同じようなサイズのバッテリーになってしまうのですが、積層セルのリチウムイオンバッテリーは1セルあたりのサイズを自由に変えられる利点があります。
例えば、現行10. 8Vバッテリーサイズで36Vバッテリーを構成することも可能なり、実用化している先行例としては米DeWALT PowerStackシリーズが挙げられ、18V-5.0Ahでスリムバッテリー相当のサイズが展開されています。
とは言え、筆者の考えとしては、電動工具向けバッテリーの容量増加のためだけに積層セルを採用するのはデメリットが大きく、特に5.0Ahバッテリー以上に適用するなら円柱型バッテリーで良いと考えています。
原理的な考え方として、積層セルバッテリーによる性能向上は円筒型セルの隙間を埋める程度のものでしか無く、独自サイズのセル調達や冷却構造を考慮するとコスト増要因の方が大きくなります。円柱型では実現できないような新形状の小型バッテリーを作るならまだしも、円柱型でも構成できるサイズのバッテリーを作るのであれば、コスト的に従来円柱セルで構成した方がコストパフォーマンスに優れる結果になります。
積層セルバッテリーによる大型大容量化は、EVのような僅かな容量増加でも望まれている製品やスマホ・ノートパソコンなどのバッテリー交換が難しい機器に対してなら大きな価値となります。しかし充電式電動工具はバッテリー交換が容易な構造を持ち、稼働時間を増やすだけであればバッテリーを買い増しする方法も取れるため、僅かな容量増加や出力向上のために積層セルを採用するのは難しいと言えます。
本格的な容量増加は技術革新&低価格化待ち
筆者の予想としては、電動工具向け充電式バッテリーの容量増加は本格的に訪れるのは当面先になると予想しています。
理由としては、現行のリチウムイオンバッテリーは理論的な限界が既に見えている状況であり技術革新も相当先と考えられている点、さらに高需要によるリチウム価格上昇の影響や価格競争が進んでいることから今後のコスト反映も難しい状況にある点です。
加えて、バッテリープラットフォームとして着脱式のバッテリーを採用する製品特有の問題もあります。現行の充電式電動工具は単セル3.6Vを基準としているため、バッテリーの仕様が変わって単セル4.0Vや5.0Vのバッテリーが登場した場合、再び充電式電動工具を入れ替えなければなりません。
これらの点を考慮すると、今の充電式電動工具市場は現行のリチウムイオンバッテリーで十分普及が進んでおり、コスト感覚も現在の水準で定着している背景もあることから、同コストでより高い性能を持ったバッテリーが登場しない限りユーザーの買い替え意識は進まないのではないかと考えています。
NEDOにおけるロードマップでは”現行のリチウムイオンバッテリーを凌ぐ革新的蓄電池のブレークスルーは2030年頃”と言われています。現行のリチウムイオンバッテリーで成熟してしまった電動工具市場特有の事情を考慮すると、電動工具市場における新バッテリーの採用が始まるのは2035年以降になるのではないでしょうか。