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将来的にあり得るバッテリー共通化の可能性
バッテリー共通化について主導するメーカーがいない事や、そもそも企業が戦略として興味を持っていない、コスト的なメリットがないなど複数の理由が挙げられます。
しかし、全メーカーを巻き込んだ形のバッテリー共通化が行えなくても、技術の発展や経営・権利的な動きによって一部の分野でバッテリー共通化が実現できると考えています。
今回はバッテリー共通化が実現される可能性と実際に共通化を実現している例について紹介します。
特許権の終了による有力サードパーティの参入
出願公開制度により発明が公開された特許は、特許公報による内容の公開が義務付けられている代わりに独占権を行使でき、権利侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できます。
電動工具へのリチウムイオンバッテリーの本格的な採用は2005年から始まりました。その基本となる特許出願はその数年前から始まっているため、間もなく特許権の存続期間となる20年(特許法第67条第1項)が経過します。
特許権の存続期間が終了すると、全く関係ない第三者団体であっても公開されている特許の情報に基づいた製品開発が行えます。
特許権の終了の最も身近な例が3Dプリンタです。基礎的な発明は約30年前に各特許が出願されていたため、2009年に基本的な特許権が終了するまで広く普及することはありませんでいした。最近の特許権の終了によってサードパーティやオープンソースプロジェクトによる3Dプリンタが発売されるようになり、ものづくりブームを生み出しました。
もちろん、特許の裏には製造や品証的なノウハウもあるため、すぐに純正品相当の製品が出回ることはありませんが、サードパーティによる互換品を排除する独占権は無くなるため、まったく新しいメーカーが充電式製品に多数参入することによって、結果として市場のデファクト・スタンダードまで成長する可能性もあるかもしれません。
既に、中国ブランドを主体とした特許侵害ギリギリ(実際は侵害を含む)の互換品は数多く流通しており、特許権の存続期間終了によってこれまで以上にサードパーティ参入が加速すると予想されます。
メーカー市場競争によるデファクト・スタンダード化
特定の1社の製品のシェアが圧倒的に拡大し、市場的にその製品シリーズ以外受け入れられない状態になった場合に成立します。他社の類似例としてはMicrosoft Officeスイートによるデジタル文書の形式統一やオルファの折刃カッターナイフなどが挙げられます。
現在、日本国内の電動工具市場において最もデファクト・スタンダードに近いのがマキタの18Vバッテリーシリーズです。しかし、マキタの企業戦略による後継シリーズの40Vmaxとのカニバライゼーションや競合HiKOKIのマルチボルトシリーズの需要も根強いため、市場競争によるバッテリーの統合は難しいと予想されます。
もう一つの可能性としては、ミルウォーキーやBOSCHなどの巨大資本を有する海外電動工具ブランドに押されて、日本の電動工具メーカー全体の衰退がはじまったときに、各メーカーの連合による「日の丸工具バッテリー」を掲げる日本標準仕様の電動工具向けバッテリーが誕生すると予想されます。
ただし、衰退気味の日本企業が集合・合併して成立した「日の丸ブランド」の成功例は少なく、海外規格に圧巻されてしまった環境化となってしまった場合には時すでに遅く、ゆっくりと衰退を続けることになるでしょう。
バッテリーの性能向上と汎用給電規格による圧巻
バッテリー共通化とは少し異なりますが、遠い将来、電動工具メーカーの独自バッテリーを淘汰する未来としてあり得るのが次世代バッテリーと汎用性給電規格による圧巻です。これは電動工具メーカーのバッテリープラットフォーム消滅を意味します。
例えば、現在のバッテリーの性能が大きく向上し、容量・寿命共に10倍以上に発展した未来を考えてみましょう。
電動工具本体の仕様に合わせた最適なバッテリーを搭載できるようになるので、コストやデザインを攻めた先進的な電動工具が誕生すると考えられます。本体内蔵型になれば防じん防水の面でも有利です。
「バッテリー寿命>機械部品寿命」になれば定期メンテナンスのついでにバッテリーを交換すればよく、利便性や使い勝手を考えれば現在のノートパソコンやスマートフォンと同じようなバッテリー内蔵式の構造に置き換わることになるでしょう。
給電方式としてはより高性能なAC/DCコンの登場やUSB PD PPSによって実現されると考えています。USB PDに関しては将来的な次世代規格USB PD EPRによって最大240W給電にも対応します。
筆者は遅かれ早かれ全ての充電式電動工具はこの形に収束すると予想しています。しかし、今のところそれを実現できるようなバッテリー技術のロードマップは見えておらず、半世紀以上先の話になるかもしれません。
バッテリー共通化を達成している例
このシリーズの主題は「なぜバッテリーの共通化は実現しないのか」ですが、実際にはメーカー間の垣根を超えて共通バッテリーを実現している例はいくつか存在します。著名な例をいくつか解説しましょう。
ちなみに、既存製品を分解して自社製品に組み込んでいる例や独自開発によって対応している例などもありますが、その例は除外します。
Metabo CAS (Cordless Alliance System)
電動工具ユーザーにとって理想とも言えるバッテリー共通化の例が、独Metabo社の企画するCAS (Cordless Alliance System)です。
先述した「バッテリーを共通化しない理由」や「共通バッテリーが登場するための条件」に当てはまらない特殊な例であり、電動工具業界にとって奇跡のような存在とも言えるバッテリー共通化です。
CASはMetabo社によって各工具メーカーにライセンス化されており、多種多様なメーカー参入を成功させている電動工具用バッテリーブランドです。バッテリーの技術的な仕様を開示するだけではなく、ブランディングの面にも力を入れており、単純に技術を提供するライセンス化だけに留まっていないのも特徴です。
MetaboのシェアやCASそのものは、欧州で高いシェアを持つBOSCHやMilwaukeeを覆すほどのシェアには至っていませんが、売上やコスト重視で考えれば独自バッテリーの方が合理的なはずでありながらもユーザーにとって最も理想的な形でバッテリー共通化を進めており、今後の更なる拡大によって電動工具市場のデファクトスタンダードになることを期待している規格です。
ちなみに、Metabo社は2015年に工機HD(旧日立工機)が買収し子会社化しています。日本国内における工機HDのブランドはHiKOKIであり、日本国内でCASブランド展開およびCASに準じた取り組みが行われることはないと予想しています。
電動二輪車用交換式バッテリーコンソーシアム
電動工具市場の話ではありませんが、自動二輪車を製造・販売する国内4社は電動二輪車普及に向け、相互利用を可能にする交換式バッテリーとそのバッテリー交換システムの標準化(共通仕様)を目的としたコンソーシアムを設立し、2021年3月に正式に合意しています。
日本の自動二輪産業は1982年の出荷台数328万5000台から2016年時点で33万8000台まで減少し、ピークの約1/10と衰退が進む産業です。この背景を考えれば先述の「衰退による統合効率化」の結果発生したバッテリー共通化の例と判断できます。
ユーザーの目線で見ればメーカーの垣根を超えた共通バッテリーの誕生は喜ばしく、インフラ設備が求められるB2C用途としては理想的な展開と言えます。しかし、別の見方をすれば、各社が独自規格を作れなくなるまで取れなくなるほど市場競争力が落ち込んでいる状態とも言えます。
ちなみに、このコンソーシアムは原付一種・二種向けを対象としたバッテリー共通化であり、車載固定式バッテリーの電動バイクや中型・大型バイクについては独自路線が継続されています。