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2021年11月25日

電動工具バッテリーの充電電力とUSB PD

電動工具バッテリーの充電電力とUSB PD

電動工具のバッテリーは大容量と急速充電性を兼ね備えており、電動工具以外にも様々な製品に使用できるのが特徴だ。特に、2019年に日本を襲った大型台風では各地で水害・停電が発生したが、USB充電やラジオに使える電動工具バッテリーが災害時の防災グッズとして一躍注目を浴びた。

汎用的なポータブル高出力電源として注目を集める電動工具のバッテリーだが、その地位は今後普及が進むと考えられる『USB PD 』 に取って代わられるかもしれない

持ち運びできる大容量バッテリー、急速充電も大きなメリット

電動工具のバッテリーは一般ユーザーが購入できる製品として「大容量」「高出力」「急速充電」の3つの要点を満たした手軽に入手できる高性能バッテリーだ。電動工具以外にもコーヒーメーカーやクリーナー、Bluetoothスピーカーに充電機器として使用できる万能バッテリーとして一般家庭にも展開が進んでいる。

特に、2019年の災害発生時には各地で停電が発生し、電動工具のバッテリーが大容量・急速充電でスマホのUSB電源、ライトやラジオが使えるとして防災グッズになると大きく話題となった。

しかし、筆者はこの電動工具バッテリーの築き上げた地位は、技術や企業動向の隙間に表れた一時的なものであり、長く続くことはないのではないかと予想している。その理由こそ、最先端の給電規格とも呼称されるUSB機器の給電規格『USB PD』の普及が目の前に迫っているからだ。

大電力で汎用的な給電規格『USB PD』

USB PDを知らなくても、USBなら耳にしたことがあるユーザーは多いだろう。USBとはパソコンの接続規格の1つで、USB PDとはUSB端子から電源を取るためのUSBに定められた仕様の1つになる。正式名称は「USB Power Delivery」と呼ばれ、普及が進んでいるUSB給電方式。

USB PDは規格上、最大100Wまでの給電に対応してしており電動工具の家庭用シリーズや10.8Vシリーズの充電器の充電電力に相当する能力となる。最新のUSB給電規格のUSB PDは小形電動工具の充電器とほぼ同じ給電能力を持っており、2019年の災害で話題になった電動工具バッテリーはUSB PD対応機器でも実現可能となる。

これまでのUSB機器は給電能力が低く、スマホの充電やポータブルタイプのBluetoothスピーカーなど小型の情報機器しかUSB製品は展開されていなかった。しかし、USB PDの普及によって電動工具バッテリー充電器並みの給電機器が普及すれば、メーカーのプラットフォームに左右されない様々な機器がUSB PDのケーブル一本で使用できるようになる。

USB PD以前の給電規格はUSB-IFが策定したUSB-BCで7.5W(5V, 1.5A)まで、その他の独自規格としては米国Qualcomm社のQuick Charge、Anker社のPowerIQ、Apple独自仕様など規格が入り混じり、USB給電規格周りの仕様は混迷極まる状態となっていた。USB PDの登場は乱立する規格を統一する可能性として期待される。

迫りつつあるUSB PDの新市場、電動工具メーカーは優位を保てるか

参考:ROHM’s USB Type-C Power Delivery Controller ICs

情報機器への普及が進むUSB PDだが、他の製品への展開はほとんど進んでいない。USB PDに対応させるICチップのコストやメーカー側の設計ノウハウ不足、ユーザー側の知名度の問題など、USB PDが情報機器以外へ普及するにはもう少し時間が必要となる。しかし、一度普及してしまえばUSB PD機器は一瞬で市場に広まると予想される。

これに最も影響を受けるのは、これまで数多くの充電式製品を展開した電動工具メーカーになる。現在の大手電動工具メーカーは電動工具の販売に留まらず、テレビやラジオ、クリーナーまで販売しており事実上の充電式製品のメーカーとして成長を続けている。

マキタが昨年販売した充電式ウォールディテクタ「WD180DK」を例にするのであれば、この製品は仕様的に電動工具バッテリーに対応させる必要もなければ、バッテリー交換式の製品にする必要も無かったと言える。製品の消費電力を考えれば電動工具のような高性能のセルを使用する必要はなく、安価なバッテリーを内蔵した機器としてUSB充電の機器として販売した方がユーザーのメリットは多かったはずだ。

マキタバッテリーに対応させ本体の原価低減を図った点やブランド囲い込み戦略、先行して販売する他社に対する営業戦略等は理解もするが、本質的にユーザーが求めるのはメーカーに縛られない製品という点を見過ごしてはならない。

バッテリー搭載製品と対応プラグの給電を大まかに振り分けた解説図。USB PDは既存のUSB充電器・ACアダプタと電動工具を含む専用バッテリー充電器の一部をカバーできるポテンシャルを持っている。なお、製品によってはこの図に当てはまらないケースも多いので注意

USB PDは充電式製品の市場をどのように変えていくか

少し前にはBlack&DeckerからUSB端子からの入出力に対応した「GoPak」シリーズが展開された。製品としては非常に優秀な製品だったが、市場を圧巻するほどの製品とはならなかった。その一方で、VESSELの「電ドラボール」は工具市場に新たなカテゴリを生むほどの大ヒット商品となり、USB充電製品の市場展開の強さを見せる製品となった。

USB対応は必ずしも製品のヒットや普及に結び付くわけではないが、利便性を考えるならUSB PDの普及は、既存のUSB充電機器やACアダプタ製品、そして現在の電動工具メーカーが持つ市場を大きく変える切っ掛けとなる可能性は高い。

USB PDの普及が既存の電動工具のバッテリー市場全てを崩すと予想する訳ではない。また、現在の電動工具のターミナルがUSB PDに置き換わるとも予測しているわけでもない、単にターミナルをUSB PD充電に置き換えただけではバッテリー固定方法の特許などで「GoPak」と同じことになってしまう。理想とするならば、低出力製品は現行のスマホタブレットのようなUSB PD充電のバッテリー内臓品、高出力製品は従来のスライドバッテリー構造が最も良い形になる。

現在の電動工具メーカーの成長について、電動工具以外の製品への積極的な展開が関わっている面を無視することはできない。10.8V以下の電動工具バッテリーを搭載する電動工具以外の製品、例えばスピーカーやラジオ等であれば、USB PDであっても仕様を完全に満たすことが可能だ。今後、USB PDの普及によっては電動工具以外のメーカーも充電式製品の市場に参入し、この先の充電式製品の市場は今以上に大きくなり競争の激しい市場になると予想している。

モバイルバッテリー大手「Anker」からは、最大入出力45W(20V 2.25A)のUSB PD対応モバイルバッテリー「PowerCore+ 26800 PD 45W」が販売されている。スマホタブレットの充電に限らず、ノートパソコンやゲーム機の充電にまで対応する。持ち運びできる45W電源と考えるなら、様々な製品への展開も可能となる。

参考

USB Power Delievry | USB Power Deliveryとは? | エレクトロニクス豆知識 | ローム株式会社 – ROHM Semiconductor
便利さを増すUSB給電| ルネサス エレクトロニクス
USB Charger (USB Power Delivery) | USB-IF
USB Power Delivery | USB-IF
電子工作でのType-C/USB PD活用の勘所 著:Tomo

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