インパクトドライバで最も注目されるのは締付けトルクや全長などの大きさですが、最近は『ビットの振れ』 を気にする方も多いようです。それを表すように、2018年に販売したマキタのインパクトドライバ 「TD171D」はビット振れ低減をアピールしたインパクトドライバとなり注目を集めました。
しかし、ビットが振れないとは一体何なのでしょうか。今回は、インパクトドライバの構造や部品について説明し、「ビットが振れる」原因について解説します。
目次
ビットが振れる部品は「ハンマケース」「アンビル」「ビット」
軸振れの原因について説明する前に、インパクトドライバのビットの振れに関係する重要な部品について簡単に解説しなければいけません。インパクトドライバを構成する部品の中で軸振れに大きく関与しているのは「アンビル」「ハンマケース(軸受)」「ビット」の3部品です。今回は解説しやすくするために、簡素化した3Dモデルで説明します。
1つめは『アンビル』と呼ばれるビットを差し込む部品です。アンビルはビットを保持する以外にも、ハンマーからの打撃を受けて衝撃をビットに伝える役目を持ちます。
そのアンビルを回転面で保持しているのが『ハンマケース』です。ハンマケースはアンビルやハンマー・スプリング・ギヤなどを全て納めており、インパクトドライバの打撃機構を実現している最も重要な部品です。ハンマケース内のアンビルはベアリングまたはメタルなどの軸受によって保持されています。
最後は『ビット』 です。インパクトドライバに使用するビットは六角形の6.35mmサイズを基準としていますが、電動工具メーカーやビットメーカー毎に穴の寸法は微妙に異なっています。
ビット振れの要因となる3つの要素
解説する前の前提となりますが、軸振れの全く発生しない電動工具やビットは存在しません。また、ビットの振れがインパクトの精度や品質の指標を表す目安にならないとも考えています。電動工具の部品には必ず大なり小なり寸法に遊びを持たせているため、電動工具は実用上問題ない範囲でビットが振れるようになっています。
この遊び量については実用上の観点からある程度の軸振れ(遊び)が無いと芯の僅かな「ずれ」を吸収できず、使い勝手の悪い製品となってしまいます。
さて、本題に入りましょう。インパクトドライバのビット振れを起こす理由としては3つの要因が存在します。それぞれ軸振れに関する考え方や修理・対応が異なるので、それぞれの要因についてひとつづつ説明していきます。
摩耗で大きくなるハンマケースとアンビルの遊び
アンビルとハンマケース軸受の遊びや摩耗によって発生するのがこの部分のビット振れです。黄色と赤色の断面の隙間がこの部分に該当します。この部分の振れはアンビルごと動くのが特徴です。使用を続けることで軸受け部品の摩耗が進み、振れは少しづつ大きくなります。
この部分のビット振れはビットを保持するスリーブごと動くのが特徴です。摩耗が進んでガタツキが大きくなった場合、修理による部品交換が必要になります。
摩耗が進行すると軸振れの他にも問題が発生します。アンビルとハンマケースの回転面の隙間が大きくなるためハンマケース内から潤滑グリスが漏れやすくなります。リフォーム業などの内装大工などでは問題になります。
軸受け構造には、製品毎に大きな違いがあり「滑り軸受(メタル)」と「転がり軸受(ベアリング)」の2種類の軸受け構造があり、それぞれ遊び量や摩耗が大きく異なります。また軸受けの種類が同じであっても製品毎に微妙な差もあったりします。
ビットの相性で振れるアンビルとビット穴の遊び
ビットを保持するアンビルの穴の遊びによって発生するのがこの部分のビット振れです。アンビルの穴の径がビットより大きいので、穴のガタツキでビットの振れが発生します。
このビット振れは全長の長いロングビットを取り付けた時には顕著になります。
この遊び量はビットの太さなどにも左右されます。一般的なビットの寸法は6.35mm前後となっていますが、ビットが入らないのを避けるため、電動工具側はアンビル穴径を大きくしており、ビットメーカーはビット径を細くしています。遊び量は製品やメーカー毎に大きく異なり、MAX製のインパクトはだいぶ穴径を攻めているようです。
無負荷で高速回転時させている時にはビットの先端が振れているように見えますが、実際の締め付け作業で障害となる事はほとんどないと考えています。
落下や踏みつけによるビット自体の歪み
ビット自体の曲がり・歪みもビット振れの原因となります。
ビット自体が歪んでしまうと回転軸に対して中心がずれてしまうため、カムアウト以前に普通のネジ締め自体まともに行うことができません。
特にトーションビットなどは軸が細いために曲がりやすく、軽く踏んでしまうだけでもビットが歪んで軸振れの原因となります。
軸振れが少ないインパクトドライバは良いインパクトか?
筆者の考えでは、インパクトドライバのビット振れは必要なものと考えています。ビットの振れが大きすぎるのであれば作業的なストレスとなりますが、ある程度のビットの振れは「遊び」として実作業にも必要なものになります。
遊びによるビットの振れとカムアウトに大きな関連性はなく、実際にカムアウトを引き起こす原因のほとんどがネジ頭とビット形状の相性やインパクトドライバの挙動が変わったことによる「慣れ」の違いや、芯の出ていない曲がったビットを使ったなどの要因の方が大きいからと考えているからです。
逆に、ビットが全く振れないインパクトだとビットの少しの錆でも抜けなくなってしまったり、少しの傾きでもネジ山がずれて舐めやすくなってしまうと考えています。
新品インパクトのビット振れは解決しないと考えよう
新しいインパクトドライバが販売されたときに販売店の修理でたまに聞くのが「新品なのにビットが触れる」「以前の機種よりビットの振れが大きい」「カムアウトしやすい」などです。
基本的に、出荷前に検査されている製品が不良となる事はありません。ビットが振れる理由のほとんどが「フィーリング」による使い勝手の違いと推測されます。特に、近年のインパクトドライバは締め付けトルクの向上・モーターの軽量化によって打撃時に本体が浮き上がりやすくなっており、トルクの強い新しいインパクトになる程押し付け力を強くしなければいけません。
ちなみに、各電動工具メーカーは耐久性やコストを意識しているようで軸受けの構造をよく変更しています。軸受けを変えるたびに遊びの量も微妙に変化しているようで、製品そのものとして遊びが大きい製品もあります。例えば、マキタのTD170Dはその辺りのイメージが悪くなったため、後継のTD171Dでは「軸が触れない」セールスポイントを追加した製品と予想しています。
遊びの少ないモデルから遊びの多いモデルに代わると「新品なのに軸振れする」と思う方もいるようですが、この場合インパクトの軸受けの構造やアンビルの金型の微妙な誤差によって遊びの量が決まっているため、修理や新品交換しても大きく改善することは期待できません。
ハンマケースへの注油は厳禁
ハンマケースとアンビルの部分は摩擦によって摩耗するため、使用を続けれていれば軸受け部分が摩耗してビットの振れは少しづつ大きくなっていきます。
注油をすれば摩耗も減る、と考える方もいると思いますが、一般的なインパクトドライバは特別なメンテナンスを行わなくても内部のハンマとアンビルが摩耗しきるまで使用できるようになっています。
下手に粘度の低いオイルなどを注入すると、初めから入っているグリスを洗い流してしまうため摩耗が進行してしまう可能性があります。低年度オイルが内部まで入り込むとハンマケース内部のグリスまでも洗い流して、ハンマの摩耗まで早くしてしまう可能性があるのでハンマ内部への注油は厳禁です。