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2020年6月6日

マキタインパクトの性能はなぜずば抜けて高い?締付トルク測定のカラクリを解説

マキタインパクトの性能はなぜずば抜けて高い?締付トルク測定のカラクリを解説

インパクトドライバの性能は年々向上し、最近ではマキタTD001Gの220N・mの非常に高い締付能力を持つインパクトドライバも販売されるようになりました。インパクトドライバの性能指標を表す締付トルクですが、その測定条件はメーカー毎に異なっており、カタログを見ただけで他社品比較できない実態があります。本記事は、ボルトの締付トルクと、インパクトドライバのトルク測定方法について解説します。

マキタの最新インパクトTD001Gの締付トルクは220N・m

インパクトドライバの性能は上がり、最近では36V化も進んだ影響もあり昔のインパクトドライバからは考えられないほど性能が良くなり、最新モデルのマキタ TD001Gではクラス最強の220N・mを実現できるようになりました。

ただ、構造的にはHiKOKIのトリプルハンマを搭載したWH36DAの方が締付トルクが高くなりそうなのに、カタログスペックではマキタのTD001Gの方が高くて「40V MAXはHiKOKIマルチボルトより高出力!」「マキタの技術力はすごい」と考えてしまうユーザーも多いと思います。

しかし筆者は、このマキタインパクトの220N・mのカタログスペックには少しカラクリがあって、実はマキタTD001GとHiKOKI WH36DAの最大締付け能力にはさほど大きな差はないのではないか、と予想しています。

ボルトの「弾性域」と「塑性域」の違い

マキタとHiKOKIインパクトの大きな違いを説明する前に「締付トルクとは何か」について簡単に解説します。

ボルトの締結方法は大きく分けて3種類あり、そのうち一般的に使われるのがトルク法回転角法です。

締結に使用しているボルトは非常に硬く、一切変形しない剛体に見えますが、金属材料なので実際はバネと同じような伸び縮みする特性を持っています。

この伸び縮みは非常に小さくてミクロン単位ではありますが、バネと同じくある程度の引っ張り量であればボルトは「弾性域」と呼ばれる範囲内で伸び縮みします。そして、弾性域を超えて強く引っ張ると縮まなくなって永久変形が始まる領域に入ります、この領域を「塑性域」と呼びます。

この2つの特性はそれぞれ、弾性域がトルク法塑性域が回転角法として締付トルクの管理に使われます。

例として、締付トルクを常に監視しながらボルトを非常に強い力でガンガン締め付けている場面を考えてみます。

初めのうちはボルトにバネのような元の形状に縮む力が働くので、締め付ければ締め付けるほどネジ山や座面に押さえつけられる力が増えて締付トルクは上昇します。しかし、弾性域を超えて塑性域に入ると締付トルクの上昇はどのように変わるのでしょうか。

塑性域ではバネのような縮む力があまり働かなくなります。締付を進めてもバネが永久変形しながら伸びる一方なので、ネジ山や座面への押さえつけられる力はほとんど変わらなくなります。この場合、どんなに締め付けても締付トルクはほとんど変わらなくなります。

ボルトは無限の力で上限なく締め付けられる部品ではなく、一定の力までしか締め付けることができません

トルク法による締付の場合、降伏点を超えるとトルクが変化しなくなるため、ボルト径や強度区分によって目安となる締付トルクが明記されており、そのトルクで締結を行うのが推奨されています。

マキタはM16高力ボルト、HiKOKIはM14高力ボルトで測定

さて、ここからが電動工具の締付トルクの話に戻ります。実は、電動工具各社が行っている締付トルクの測定使用しているボルトサイズは条件が一定ではありません。

各社最新モデルインパクトドライバのカタログや取扱説明書を確認すると、トルク測定を行っているボルトの条件に違いがありマキタ・京セラはM16高力ボルト、HiKOKI・PanasonicはM14高力ボルトを使用しています。

  • マキタ TD001G M16高力ボルト(強度区分10.9)
    • 締結トルク 220N・m
    • 普通ボルトM5~M16
    • 高力ボルトM5~M14
  • HiKOKI WH36DA M14高力ボルト(強度区分12.9)
    • 締結トルク 180N・m
    • 普通ボルトM5~M16
    • 高力ボルトM5~M14
  • 京セラ DID10XR M16高力ボルト(強度区分10.9)
    • 締結トルク 180N・m
    • 普通ボルトM5~M16
    • 高力ボルトM5~M14
  • Panasonic EZ76A1 M14高力ボルト(強度区分不明)
    • 締結トルク 170N・m
    • 普通ボルトM6~M16
    • 高力ボルトM6~M12
  • マックス PJ-ID153 未記載
    • 締結トルク 165N・m
    • 普通ボルトM5~M14
    • 高力ボルトM5~M12

ここで予想されるのが、M14高力ボルトは締付トルク180N・m付近に降伏点があり、非常に高い締付トルクを持つインパクトでは締付トルクを正しく測定できていないのではないか、と言う点です。

また、もう1つの観点としては、ネジ締結時にボルトに加わるエネルギーは90%が座面とネジ山の摩擦力で消えてしまうので、単純にボルト径が大きくなっただけで締付トルクは上昇するカラクリも存在します。

これを考えると、HiKOKI・Panasonicのインパクトの締付トルクはカタログスペックで過小評価されており、マキタと同じM16高力ボルト条件下であれば、国内トップクラスのマキタ TD001Gと締付トルクにさほど大きな違いが無いのではないか、と考えています。

ネジの締付に加わった力のほとんどは座面とねじ面の摩擦力で消費される。ネジ径が大きくなればこの摩擦力も大きくなり、締付トルクは大きく測定されるようになる。
参考:ボルトの締め付け方法について|株式会社ナニワネジ

落とし穴だらけの締結工具の締付トルクカタログ表記

締付トルクのカタログ表記についてですが、インパクトドライバの性能向上に伴い、測定条件が変わってきていて業界で足並みの取れていない状態になっているのが実情です。

取扱説明書上で締付能力をM14高力ボルトとしながらも測定条件にM16ボルトで測定したり、M14ボルトの降伏点を超えるまでの性能向上を実現しながらもM14高力ボルトを測定に使用したりと、メーカーによっては新たなアピールポイントにしたり、別のメーカーでは無頓着だったりと適当な状態が続いています。

本記事の予想は測定条件の差異やインパクトドライバの仕様から、実際の締付トルクはカタログスペックと異なっていると予想しているもので、実際に測定を行って実証したわけではありません。

インパクトドライバは木ネジの締付工具としての側面が強く、ボルト締結やトルク管理には別の工具を使用するので問題はありませんが、ユーザーが製品の良しあしを判断する指標としてはあまりよくない状態なのかもしれません。以前、インパクトドライバの締付トルク検証用の金属板を発注したので、近いうちに実際のトルク測定を行って検証できればと考えています。

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