VOLTECHNO(ボルテクノ)

ガジェットとモノづくりのニッチな情報を伝えるメディア

2023年9月12日

日立工機 電子パルスドライバ WM18DBL 技術と需要の共存が叶わなかった意欲作【Shadow of Tools②】

日立工機 電子パルスドライバ WM18DBL 技術と需要の共存が叶わなかった意欲作【Shadow of Tools②】

本連載「Shadow of Tools」は、人知れず消えた製品や市場動向を見誤ってしまった電動工具製品を、当時の話題性、現在の動向、などを独自の視点から解説するシリーズです。

全く新しいアプローチから作られたマルチドライバー
日立工機 電子パルスドライバーシリーズ

日立工機(現HiKOKI)は2010年に、高度なモータ制御を搭載するコードレス電子パルスドライバー WM14DBL/WM18DBLを発売しました。

電子パルスドライバーは、一般的なインパクトドライバーの機械的な打撃構造と異なり、電子的なモーター制御によって打撃締結を行う新方式の締結工具です。

高度なモータ制御による打撃締結でソフトインパクト並みの静音性を実現しており、さらにドリルやクラッチ・テクスモード等の多彩な動作モードも搭載し他社のマルチインパクトに相当する機能も搭載する唯一無二な製品でした。

日立工機は本機の発売以降、2012年に10.8VモデルのWM10DBLも展開しましたが、それ以降同じコンセプトの電動ドライバーを開発しておらず、事実上開発終了扱いになっている製品です。

今回の記事では、日立工機 電子パルスドライバーシリーズの特徴について解説します。

高度なモータ制御が実現する

日立工機が開発した電子パルスドライバーは、モーターの正転と逆転を切り替えることで打撃締結を実現する新機構の締結工具です。

電子パルスドライバーはモーターを逆転してハンマを戻して、再度正回転を加えることでアンビルを打撃する仕組みを備えています。この動作を高速で繰り返すことで、複雑な機械部品なしで強力な締結力を発生しています。

言葉で説明すると少しわかりにくいのですが、実際の動作イメージは下記のアニメーションのようになります。

電子パルスドライバの18Vモデル WM18DBLでは約70dBの実用騒音を達成しており、ソフトインパクトに相当する作業音に抑えられています。通常のインパクトドライバ程の締結力やスピードは無いものの、打撃動作時の金属打撃音がほとんど発生しないので、集合住宅や住宅地等で使用できる利点があります。

インパクト動作に加えてクラッチ・ドリルなどのモードに対応

電子パルスドライバは高度なモータ制御の搭載によって、多彩な作業モードを搭載しているのも特徴です。

インパクトドライバに相当する電子パルスモードを筆頭に、小ねじの締結に使う電子クラッチモード、テクスネジを締めるテクスモード、ボルトナットを締結するボルトモード、そして強力なトルクで穴あけを行うトルクモードなど用途に応じたさまざまな作業に対応できます。

引用:日立工機 電子パルスドライバーカタログ
[画像クリックで拡大]

これらのモードは電子パルスと回転を上手く組み合わせることで、最適な作業を行えるようにプリセットされています。トリガーの巧みな回転数操作を行う必要も無く、ダイヤルでのモード切り替えで最適な作業ができます。

引用:日立工機 電子パルスドライバーカタログ
[画像クリックで拡大]

USB書き換え機能も搭載 (WM10DBLのみ)

WM14DBL/WM18DBL発売から2年後の2012年には、差し込み10.8Vリチウムイオンバッテリー対応の小型電子パルスドライバ WM10DBLも展開しました。これは当時としては珍しい10.8Vモデルのブラシレスモーター搭載ドライバでした。

WM10DBLの基本仕様は14.4V/18Vモデルの電子パルスドライバと同じですが、PC接続機能に対応しており(要別売アダプタ)通信による書き換え機能を搭載していました。

実際はサイズ的な問題によってダイヤル切り替え機能を断念し、苦肉の策としてPC書き換え機能を搭載したものと見られます。書き換えられるプリセットも決められた20モードの中から4つを割り当てる方式です。現行のフラッグシップインパクト WH36DCが搭載するようなカスタマイズ機能程ではないものの、当時の電動工具メーカーとして業界最先端のコンセプトを搭載していました。

プリセットのPC書き換えは最先端だったものの、実態としては工具本体の4モード切替しかなかったための苦肉の策だったと思われる。

アイデアとしては画期的だったが
器用貧乏から脱せなかった電動工具

この電子パルスドライバは複数の作業に対応できる、いわゆるマルチインパクトに分類される製品です。

他社のマルチインパクトは機械部品の切り替えによって多機能性を実現しているのに対し、日立工機は高度なモータ制御によって多機能性を実現したのが特徴でした。今日までに電子パルスが普及に至らなかった理由は、マルチインパクト特有の器用貧乏から脱せなかったことが原因です

マルチインパクトは1台で色々な作業を行える特徴を持つ電動工具ですが、実用上の評価としては性能・取り回し・耐久性の観点から中途半端な製品仕様になり、現在のインパクトやドリルドライバは全長短縮・高トルクに特化した方向に進歩が進み、それらの電動工具と比較すればマルチインパクトは器用貧乏な電動工具です。そして電子パルスドライバに関しても、この器用貧乏から抜け出すことはできませんでした。

電子パルス方式はソフトインパクトとマルチインパクトを併せ持つ唯一無二の製品ではあったものの、性能面の課題も多く、回転正逆動作を繰り返すために打撃動作時のモータ効率が悪いために木ネジの最大作業能力もΦ4.5×75mmと低く、過熱保護で作業が止まりやすい傾向もあったために軽作業のみに限定されてしまう欠点がありました。

作業性に関しても、電子パルスは打撃動作時にモータ逆転を繰り返すために反動に特有のクセがあり、作業スピードも早いとは言えず、コンセプトとは裏腹に活用できる範囲は限られていた製品と言えます。

マルチボルトによる36V化とIoT搭載の後継機を期待していたのだが…

当時の日立工機は電子パルスドライバを全く新しい次世代の電動工具と位置づけ、スーパージャンプ(集英社)連載の漫画「ナッちゃん」(作者:たなかじゅん)をイメージキャラクターに採用するなど広報活動にも力を入れていました。

電子パルスドライバは、2代目3代目と改良を進めることでより魅力的な製品になった可能性も十分にあるでしたが、1代限りでコンセプトを終わらせてしまったのは本当に残念と言える製品です。

現在の36V動作ならモータ効率の向上による小型化・高出力化で取り回しも改善でき、複雑なダイヤル操作もBluetoothスマホ操作で解決できるため、今の電動工具周りの技術動向と相性が良いと捉えており、筆者はこの電子パルスドライバーに対して、少しだけではあるもののマルチボルトバッテリーで36V化した後継モデルの展開を期待していました。

この手の多機能電動工具は市場的に売れない製品なので採算性は低いものの、モータの先端制御技術やIoT・クラウドサービスを前提としたプロトタイプ色の強い製品にすることで、その開発技術をほかの製品に転用するコンセプトモデル戦略も可能だった製品だったと思います。

電子パルスドライバ WM14DBL/WM18DBLは息の長いモデルではあったものの、残念ながら後継モデルの開発も行われないまま廃機種になり、2021年12月ごろにHiKOKI公式ホームページ上からも削除されてしまいました。

今も市場在庫品の購入は可能ですが、次世代を謳った電子パルスドライバは本当の次世代機と肩を並べることも無く、その存在は忘れ去られることになるでしょう。

ちなみにHiKOKIは2020年頃に動画配信者に電動工具を配布してレビュー動画を作らせていましたが、その時期のHiKOKI推しの製品は静音インパクトドライバ WHP18DBLだったようです。残念ながらソフトインパクトはマキタ・パナも取り扱う珍しい製品ではなく、折角のHiKOKIレビュー動画も他社同等品に流れ出る可能性の高い製品なので、それならば日立工機時代からの独自技術の結晶とも言える電子パルスドライバをアピールしてくれていたなら…と少し残念に思っています。

これまで中途採用ページの「主力製品群」にも電子パルスドライバの項目があったものの、2022年以降はその文言も無くなってしまい、将来的な電子パルスドライバの開発はもはや無いと言えそうだ。
[画像クリックで拡大]
参考:求人一覧|工機ホールディングス株式会社採用サイト

電子パルスドライバ まとめ

日立工機 電子パルスドライバシリーズ

モータ制御で打撃・ドリル・クラッチ作業を可能にした電動工具

良い点
  • 多彩な作業に対応
  • 作業音が静か
悪い点
  • パルス時の挙動が独特
  • 最大締結トルクが低い
  • 負荷時にモータ過熱が大きい
  • サイズが大きい
Return Top