日立工機は2017年に日立製作所からKKRグループへと移り、2018年6月に正式に社名とブランドの変更が行われた。日立工機の50年続くブランドは企業名・ブランド名共に終止符が打たれた。長年慣れ親しまれた工具ブランドを、なぜHiKOKIに変更したのか、日立製作所との資本関係はどうなるのかについて解説する。
目次
日立工機の社名変更、理由は「日立再編」の影響
電動工具ブランドHiKOKIは、日立工機の事業を継承した”工機ホールディングス“が使用する電動工具ブランドです。
日立工機は、日立製作所の連結子会社として日立グループ内で電動工具の開発・販売を行っていた企業です。日立グループ内で長年続いた電動工具を製造していた日立工機ですが、日立製作所との関係が大きく変わる切っ掛けこそが、日立製作所が主導として進めている進めている「日立再編」です。
日立製作所は、製造業中心の総合電機メーカーから、Lumadaと呼ばれるデジタル技術を活用したソリューション/サービス/テクノロジーの情報インフラ企業へ経営改革を進めています。この日立再編によって多くの日立製作所子会社は日立グループから離脱し、日立グループの大きな再編が図られることになりました。
日立再編の流れの中では、日立工機以外にも、日立金属、日立国際電気、クラリオン、日立建機、日立化成、日立オートモティブシステムズ、日立物流など名だたる日立子会社が売却されています。
この「日立再編」の流れはいくつかの段階を経て進められており、日立工機の売却は投資家市場で「第二次日立再編」と呼ばれる2017年初頭の時期に日立グループからの離脱を表明しました。
現在の日立工機は、米投資ファンドの「KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)」の資本下で経営が行われており、工機ホールディングスと社名を変えて経営を続けています。
新生・工機ホールディングスが目指す自立・自律路線
日立工機の株式は2017年3月に公開買い付け(TOB)が行われ、米国の投資会社「KKR(コールバーグ・クラビス・ロバーツ)」の傘下になりました。その後の2018年6月に「工機ホールディングス」へ社名を変更しています。
日立工機の買収に入札した企業はいくつかありましたが、その中で最終的な合意に至ったKKRは、企業価値を高めた後に売却して利益を上げるプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)と呼ばれる投資会社です。
工機ホールディングスは、KKR売却直後から売却・買収ではなく”離脱“や”自立“などのフレーズを多用しています。
日立工機の立場は、日立製作所から売却されたのではなく、自ら進んで日立傘下から脱退し、独立経営路線を歩みやすいKKRを経営パートナーに選んだものと推測されます。
社名変更後の工機ホールディングス
日立グループを離脱したことで、これまで使用していた「日立」ブランド及び「日立工機」ブランドは使用できなくなりました。日立グループ離脱によって新たに立ち上げられた「HiKOKI」ブランドです。
日立グループの離脱による影響はブランドに留まらず、主要な販売ルートである日立特約店も影響を受ける事になりました。
一般ユーザーは日立ブランドからHiKOKIブランドに変わった影響を受けておらず、かつての日立工機ブランドが無くなっただけでバッテリーの互換性などは全く同じです。修理サポートなども日立工機の時代と変わらず受ける事ができます。
新ブランド名の「HiKOKI」については、日立時代を表す”HI”と日立工機の”KOKI”を組み合わせたブランド名であり、これ以外の名前の候補についてはほぼ無かったものと思いますが、ユーザーからは「日立工機とは思わなかった」「HIOKIと見間違える」など、元の日立工機の社名を考えれば無難なブランド名でありながら比較的不評な意見が見られるのは残念な点と言えるでしょう。
米国市場ではHiKOKIではなく「Metabo HPT」ブランドを採用しています。
DIY愛好ユーザーからは欧州市場の「Metabo」ブランドと混同してしまう点を指摘されており、metaboブランドとmetaboHPTでバッテリーの互換性がない点も含め否定的な意見が目立ちます。
HiKOKIになっても日立工機時代と大きな違いはなし
日立工機からHiKOKIにブランド変化して約2年が経過し、さまざまな視点から動向を観察していましたが、良くも悪くもブランド変更後の工機HDに目立った変化はありません。
良い点を挙げるなら、ブランド変更や流通販路の変更などで困難があったはずですが、販売店やユーザーの視点で見る限り、取扱中止や在庫切れなど目立ったトラブルに見舞われる事はありませんでした。プロ向け産業製品でありながらコンシューマ的な流通販路を持つ商材で、ユーザーの購買に大きな影響を与えることなくブランド変更を完了させたのは驚くべき事だと思います。
悪い点では、HiKOKIになっても製品展開や経緯戦略そのものに日立工機時代からの違いがなく、「18V電動工具のマルチボルト化」と「他社追随」を踏襲する従来通りの開発が続けられています。期待されていた新製品開発や、新分野への製品投入方針などに大きな変化はなく、HiKOKIブランドの知名度押し上げに至らない商材不足が続いています。
2020年などは、新製品の投入よりも過去製品のマイナーチェンジの展開に力を入れており、製品ラインナップ数で先行するマキタとの差は大きくなる一方の状態が続いています。
HiKOKIデビューイベント時には「開発や生産による日立の制約がなくなった(動画内1:33:15~)」のような発言していましたが、日立製作所グループ時代でもテレビ(UR18DSML)やクリーナー(R18DA)のような家電方面の製品展開は行行っており、むしろHiKOKIになってから園芸・清掃・家電分野の製品開発に対して消極的になっています。
広報活動等の細かな点では数多くの新しい戦略が見られ、今まで行われなかった各種SNSの広報が活発に行われるようになり、マッチングアプリ 助太刀への出資、中国への直販店展開なども進められており、新たな販促活動が進められています。
HiKOKIの知名度は、ブランド転換から2年かけてようやくかつての日立工機とほぼ同等の知名度に達しています。
ただしこれは時間経過や日立工機ブランドの製品の流通が終了した影響が大きく、工具になじみの薄いDIYライト層では社名を変更したことを知らないユーザーも多く見受けられます。
先行き不透明な工機ホールディングス
2018年の10月1日に華々しいデビューを飾った工機ホールディングスと新ブランドHiKOKIですが、その後の経営は順調とは言えません。
日立グループ離脱に伴い非上場化したため詳細な業績は開示されていませんが、僅かに公表されている情報を確認すると売上減及び事業撤退に関する動向が続いており、2021年には資本金を1億円に減資し、法人税法における定義上の中小企業となっています。
年 | 2017年度(96期) | 2018年度(97期) | 2019年度(98期) | 2020年度(99期) | 2021年度(100期) |
単体売上高 | 830億 | 763億円 | 693億円 | 689億円 | – |
連結売上高 | 1,912億円 | 1,891億円1 | 1,900億円2 |
非開示 | – |
単体営業利益 | 15億 | ▲44億 | ▲4億円 | 4億円 | – |
単体純利益 | 9億4700万円 | ▲42億5100万円 | ▲76億円 | 180億円 | – |
資本金 | 180億 | 180億 | 134億3 | 51億4 | 1億 |
従業員数 | 連結 6,446名 単体 1,370人 (2018年3月31日時点) |
連結 6,839名 単体 -名 (2019年3月31日時点) |
連結 6,254名 単体 1,446名 (2019年12月31日時点) |
連結 6,215名 単体 1,427名 (2020年3月31日時点) |
連結:6,790人 単独:1,330人 |
その他動向 | 東証1部上場廃止 | エンジン機器の生産終了・工場閉鎖5 | 遠心分離機事業を独エッペンドルフ社へ売却6 | HiKOKIロシアのMetabo移管 工機ホールディングスジャパンを設立 |
資本金減資により税法上は中小企業に |
2017年の日立離脱時に「2020年3月期には連結売上高1.5倍の3,000億を目指す」と強気の発言と共に事業構造改革をスタートさせた工機HDですが、KKR資本下経営の初年度とも言える2018年(97期)の決算では単体・連結売上額 前年割れ・単体赤字を計上。続く2019年(98期)単体決算でも売上前年割れ・資本金の減資・100億の特別損失による赤字決算を計上しています。
単体売上では3期連続の売上減を計上しており、連結売上も2017年(96期)以降正式には公表していません。日立離脱時に行われたスポンサー番組7やWeb広報活動のような華やかな動向の裏側には厳しい現状が続いています。
現在の工機HDによる経営戦略はシェア拡大を実現すること叶わず、KKR資本下での経営において大きな足かせとなっています。
ブランド変更や広報活動の経費による赤字もあったものの、99期目においては黒字化を達成しました。しかし売上高の前年比割れが続くのは致命的な失態と評価され、工機HDの経営計画に相当な影を落としているものと推測されます。
日立製作所の資本下であったなら経営悪化との評価には至りませんが、現在の工機HDはPEファンドによる、売上増(企業価値の増大)を前提とするLBOスキームで買収8されています。企業価値を減少させる売上高の減少は経営体制に大きな影響を与える可能性があります。
2021年現在の工機HDは、再び組織再編を行っています。経営統合や2017年当時に掲げられた「500億円規模のM&A」に関しても続報報道はなく、KKR資本下経営の折り返し地点に差し掛かった工機HDがどのようにイグジットされるのかが注目されます。
そして2021年9月、報道で工機ホールディングスの売却検討が報道されました9。日立再編から始まった日立工機の独立は叶わず、他企業による子会社化の形で再び落ち着く可能性が濃厚となるようです。
2024年3月28日にはLBO時に交わされた独metabo社買収借入と上場廃止時の特別配当のために交わされた金銭消費貸借契約の返済期限を迎えます10。
2020年3月には遠心分離機事業を独エッペンドルフ社に売却
2020年3月には工機HD(旧 日立工機)は遠心分離機事業「himac」の独エッペンドルフ社への売却が公表されました。これにより、日立工機時代から続く事業の1角だった遠心分離機事業が無くなります。
2021年2月にHiKOKI CIS(旧Hitachi Power Tools RUS L.L.C.)は、事業再編によってMetabo Eurasia LLCに事業移管することを決定しました。2021年4月1日以降、ロシア連邦の領土におけるHiKOKI製品の唯一の公式輸入業者はMetabo Eurasia LLCになりHiKOKIブランドの販売が継承されます。同月には日本事業の強化と称する新事業会社 工機ホールディングスジャパンを設立しており、国内電動工具販売事業の独立性を高めています。
事業規模の縮小が続く工機HD、今後KKRはどう動くのか
日立製作所売却直後の工機HDは「2020年度 売上高3,000億円」「最大で500億円規模のM&A(企業買収)」11「早期の業界売上高世界3位を目指す」12を謳いましたが、KKR買収後の経営状態を見ると経営の後退を表す動きが続いています。
- エンジン工具の後継製品が無いまま、エンジン(OPE主要製品)分野の撤退13
- 資本金を1億円に減資
- 単独売上高前年比割れ・赤字転落14、連結売上額 2017年以降非開示15
- 中国生産工場「広州高壹工機有限公司」の閉鎖16
- 日立工機時代から続く「遠心分離機事業」独エッペンドルフ社への譲渡
これらの動きはKKR主導による事業再編・経営改革のようにも見えますが、経営悪化による事業縮小とも捉えられ、工機HDの経営は「企業価値を高めて売却する」PEファンドの基本方針にそぐわない動きが続いています。
KKRが遠心機事業の売却を初めから予定していたのであれば、2017年の日立製作所からの売却時点で遠心分離機事業も売却し、新ブランドHiKOKIの展開直後から経営の一本化と電動工具事業への経営集中を進めるのが最も自然な流れであり、このタイミングの事業譲渡は、KKRの出口戦略に大きな変更があったものと推測されます。
工機HDは2022年でKKR傘下5年目となります。他のKKR企業買収の事例を見ると概ね6年前後で処理されており、工機HDの出口戦略も佳境の段階を迎えていると考えられます。
日立工機と同時期にKKRに買収されたカルソニックカンセイは、KKR主導による自動車部品メーカー2社の事業統合や組織再編を進め2022年の再上場17を予定していたものの、事業再生ADRの申請による経営危機を迎えています。
今後、KKRが工機HDをどのようにイグジットするのか、事業規模拡大・企業価値向上の手法が注目されます。
引用リンク
- 日立グループを離脱した電動工具の「工機HD」に起きた変化|ダイヤモンドオンライン
- 企業ブランドの転換期、どう立ち向かう?広報がリードするコミュニケーション改革|アドタイ
- 工機HD、新社長が就任 「ブランド認知を拡大」|日本経済新聞
- 工機HD森澤篤社長「4現主義でブランド力強化」初の販促企画や建設系アプリとの協業も|鉄道チャンネル
- この人に聞く 工機ホールディングス 吉田 智彦常務|日本産機新聞
- コードレス工具を柱に、新ブランド「HiKOKI」を打ち出す工機ホールディングス|MONOist
- 日立工機買収 従業員、リストラ懸念 好転望む取引先も(2016年12月29日)|茨城新聞クロスアイ
- 日立工機、米KKR系がTOB発表 特別配当含め1株1450円|日本経済新聞
- ハイコーキが「電動工具をコードレス化」する本当の狙い|となりのカインズさん
脚注
- Company Profile | koki-holdingsパソナ採用ページ
- 求人一覧|工機ホールディングス株式会社採用サイト
- 資本金の額の減少公告(2019/5/9)|工機ホールディングス ※現在は削除済
- 会社概要|工機ホールディングス株式会社採用サイト
- 工機ホールディングスは電動工具および空気工具に注力します|工機ホールディングス
- 工機ホールディングスの遠心分離機事業と“himac ”ブランドをエッペンドルフ社へ譲渡に合意|工機ホールディングス
- テレビ東京 発想UNLEASH~未来への自由研究~ 全4回(2018年10月5日~26日)
- 買収資金を銀行から借り入れ、その借金をM&A対象会社に背負わせるスキーム
- KKRが工機ホールディングス売却検討、複数の候補が関心-関係者|Bloomberg
- 資金の借入に関するお知らせ|工機HD
- 日立工機のブランドが変わります|日立工機
- 日立工機、500億円規模M&A検討 KKR傘下入り後、成長戦略の一環 – SankeiBiz(サンケイビズ)
- 工機ホールディングスは電動工具および空気工具に注力します |工機ホールディングス株式会社
- 工機ホールディングス株式会社 第97期決算公告|官報決算データベース
- 売上収益の推移(連結)|工機ホールディングス株式会社
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- カルソニックカンセイが新生「マレリ」で22年に上場へ|日刊工業新聞社