近年、工具市場において急成長を続けるメーカーが存在しているのをご存じだろうか。工具メーカーは業界構造的に保守的なユーザー層が多く、シェアは大きく変わらないのが定説と考えられていた。しかし、その中で毎年売上額を伸ばし、シェアを順調に伸ばしている企業が存在する。今回は成長を続ける香港の工具メーカー『Techtronic Industries (創科實業有限公司)』(略称TTI)について解説する。
目次
急成長を続ける工具メーカー『TTI』とは
皆さんは『TTI(Techtronic Industries)』と呼ばれる工具メーカーをご存じだろうか。
工具を使うヘビーユーザーの方であってもTTIについて知っている方は殆どいないかもしれない。しかし、それは日本工具市場に限った話であり、TTIは高いシェアを誇り売上を伸ばし続ける企業として世界的に躍進している工具メーカーである。
TTIは1985年に香港で設立された電動工具メーカーだ。設立から30年ほどしか経過しておらず、戦前に設立された企業が多い工具業界の中では新興のメーカーに部類される。
TTIは工具業界において急成長を遂げ、世界1位の電動工具メーカー「Stanley Black & Decker」に続く世界市場2位の業界シェアを誇る工具メーカーとして現在も成長を続けている。
TTIは企業名を工具ブランドとして展開しておらず、「Milwaukee」「RYOBI」「AEG」「Empire」「STILETTO」など世界的な電動工具ブランドを有する企業として展開を行っている。
RYOBIとTTIの歴史的な邂逅
日本市場ではあまり見かける事がないTTIだが、TTIの世界的な発展には国内工具メーカーの「リョービ株式会社」が深く関わっている。1
話は少し逸れて昭和から平成にかけてのリョービの話となるが、80-90年代のリョービはまさに全盛期と言える時代だった。
リョービの電動工具は1968年に製造が始まり、1984年には独AEG社と業務提携、1986年に米イナーシャダイナミクス社をTOB、1988年には米シンガー社の電動工具部門の買収、そして1989年には香港のTechtronic Industries(TTI)がリョービグループに加わるなど電動工具事業の海外展開を進め、現在では想像もできないほどの大々的な世界進出を進めていた。
しかし、その後リョービはバブル崩壊による業績不振にって数多くの事業を手放すこととなる。
2000年からは「経営健全化計画」と称して不採算事業の海外工具事業の全てをTTIに売却し、リョービの海外電動工具事業は2000年代前半に幕を閉じた。2 3 4
TTIはその際に「RYOBI」のブランドを国外で展開するライセンスも取得している。
その後、TTIは「RYOBI」ブランドの取得と共に米アトラスコプコ社から買収した「Milwaukee」「AEG」ブランドと共に電動工具販売を進め、世界的な工具メーカーとして歩むこととなる。
TTIが展開する「RYOBI」ブランドは、日本で展開される「RYOBI」ブランドと同じブランド名ながら、別企業別製品のブランドとして展開が行われており、今日まで別のブランドとして互いに存続している。
TTIが展開する工具ブランド
Milwaukee 老舗工具ブランドでありながら最先端
Milwaukeeは1924年に米国ウィスコンシン州ミルウォーキーで創業した工具メーカーで、主にプロ向けグレードの電動工具を販売している。赤色のコーポレートカラーが特徴的で、製品のほぼ全てが赤色のハウジングで販売されている。
TTI買収以前のMilwaukeeは、産業機械企業グループのアトラスコプコ傘下の企業であり、2005年になってTTIへ売却された。5
TTI買収以降のMilwaukeeは、積極的なリチウムイオンツールの開発を進めており、コードレスシステムM18, M12の主力シリーズでシェアを伸ばしている。更にはエンジン工具市場の受け皿となるMX FUELシリーズの展開なども始めた。
製品開発も積極的であり、IoT電動工具プラットフォーム「ONE-KEY」、工具用のストレージシステム「PACKOUT」、業界初となる電動アングラー「電動フィッシュテープアングラー」、高精度トルク管理を実現した「M12 Fuel Motorized Digital Torque Wrench」など、電動工具に先行技術を投入する革新的なマーケットリーダーとして常に先を進んでいる。
2021年4月からは日本市場での正式販売も開始され、ミルウォーキーツールジャパンとして展開が進められている。
MilwaukeeTool Official Site | Nothing but HEAVY DUTY
RYOBI 世界で最も革新的なツールを展開する工具ブランド
RYOBIブランドは、先に説明した通りの日本のダイカストメーカー「リョービ株式会社」にルーツを持つ電動工具ブランドだ。黄色の蛍光色と灰色の特徴的な配色のブランドカラーで展開されている。
ただし、日本国外のRYOBI電動工具事業とブランドは2000年以降の「経営健全化計画」で全てTTIに売却しており、現在の国外RYOBIブランドと国内RYOBIブランドは別ブランドとして扱われる。当サイトでは国外のRYOBIブランドをTTI RYOBIと呼称している。
TTI RYOBIの電動工具は家庭向け・DIY向けのグレードとなっており、ラインナップも個性に溢れた特殊な製品が多い。
主力としているのは18V ONE+シリーズと40Vシリーズだが、スマートフォンに接続する「PHONE WORKS」シリーズ、ガレージキットまで展開している。
TTI RYOBIはもはや単純な電動工具ブランドに留まるだけではなく、家庭向けの電動ソリューションメーカーと呼ぶのが相応しいメーカーと言える。
AEG 欧州地域に強いドイツ発の名門ブランド
REGは1898年に設立されたドイツの工具メーカーで、主に欧州地域で有力な販路を持つ電動工具メーカーとして展開されている。
AEGもMilwaukeeと同じくアトラスコプコ傘下の企業であり、2005年にMiwaukeeと同時期にTTIに買収されている。
TTI以前はDIYブランドとして位置付けされていたAEGだったが、買収以降はTTIのリソースと経営統合の効果によりプロ向けの電動工具メーカーへの転身を成功させている。
STILETTO 職人を魅了するチタンハンマー
STILETTO Hand Toolは2007年にTTIに買収されたハンマーメーカーだ。
STILETTOブランドのハンマーは世界的にも珍しいチタン製のハンマーとなっている。鉄製のハンマーよりも45%軽量で、反動が10倍少ないツールとして独特な使い心地が人気を博している。
「ブランド」戦略の重要性を体現するTTI
TTIは生え抜きの有力工具ブランドを持たない工具メーカーだ。ほとんどのブランドが他社からの買収や譲渡によるものであるため、それぞれ発展したブランドごとの特色を生かした「ブランディング戦略」を経営の中心に沿えている。
TTI最大の強みこそ、各ブランドが持つ力を生かし収益性を増強させシェアを伸ばすその手腕だ。
これは主観的な意見となるが、工具業界の本質とはまさに「ブランド力」に他ならない。工具は単機能で価格も安い産業製品故に、差異化や付加価値が難しい製品だ。単純に製品を良くしただけに留まっていては売上の上昇に結び付かないのが工具業界の実態とも言える。
ただし、これらの「Milwaukee」「RYOBI」「AEG」など主要電動工具ブランドの成長は、リチウムイオンバッテリー技術の発展による市場規模の拡大による売り上げ拡大の要因が大きい。単純に企業買収のタイミングが良かっただけとも言えてしまう面もある。
もし仮に国内RYOBIが海外電動工具事業を手放すタイミングをあと数年伸ばすことができていたなら、現在のTTIの地位はRYOBIにあった可能性もある。
しかし、TTIが擁するブランドが魅力的なのは、他ブランドにはない特質的な製品を膨大な販路とマーケティングで支えている点だ。電動工具のIoT機能「ONE-KEY」や大容量バッテリーの「MX FUEL」、TTI RYOBIが展開する電動工具に留まらないコードレス製品など、この戦略は常に電動工具の売上を拡大させる新しい試みに溢れている。
これらの方針はリチウムイオンバッテリーバッテリー発展による市場規模の拡大ペースを超えるものとして、TTIをより強力なメーカーへと変貌させることだろう。
脚注
- 2017年にリョービ株式会社は京セラへ電動工具事業譲渡を行っており、現在は電動工具を販売していない [リョービ株式会社の電動工具事業の取得に関する株式譲渡契約を締結]
- 参考書籍:社史から学ぶ経営の課題解決|出版文化社
- 参考書籍:海外企業買収 失敗の本質: 戦略的アプローチ|東洋経済新報社
- 参考:第106期 有価証券報告書 リョービ株式会社
- Milwaukee Electric Tool, other units to be sold for $626.6M | THE BUSINESS JOURNAL