
バッテリー機器の構造を大きく変えるPPS
USB PD PPSとは正式名称「Programmable Power Supply」と呼ばれ、USB Power Deliveryを策定する規格の”Revision3.0 Version1.1″で新しく追加されたUSB PDの拡張機能です。そのまま直訳すると”プログラム可能な電源”を意味します。
このPPSはバッテリーを搭載する機器に対して革新的な機能とも言える技術であり、これまでのバッテリー充電機器の在り方を大きく変える可能性を秘めています。
今回は、USB PD PPSについて解説します。
USB PD PPSが実現する高効率充電「ダイレクトチャージ」
USB PD PPSの機能をざっくりと説明すると、機器が充電器の出力電圧と電流制限の値を細かく指定して給電(受電)する機能です。
固定電圧のUSB PDでは、充電器が提示する5V/9V/(12V)/15V/20Vなどの供給電圧のリスト1の中から、機器が選択して受電を行う方式です。
固定電圧のUSB PDでも、接続したまま電源条件を再交渉できます。機器が充電器の提示する別の条件を要求し、充電器が受け入れると、規定の手順で新しい電圧や電流上限へ移行します。ケーブルを一度抜くことが条件変更の必須手順ではありません。ただし、選べる電圧は充電器が提示する固定電圧なので、バッテリーの状態に合わせた細かな調整は機器側の充電回路で行います。
PPSでは、より柔軟な電源要求に対応できます。例えば充電器が「3.3V~16V、最大3A」というPPSの供給能力(APDO)を提示していれば、機器はその範囲内で出力電圧と電流制限を細かく要求できます。指定できる範囲は充電器によって異なりますが、バッテリー充電に適した条件で受電できる特徴があります。
ちなみにこの機器側が充電器の出力を指示して充電する手法は、USB PDの仕様書上では「Sink Directed Charging」と表記2されていますが、PPS対応機器の一部販売ページ3や参考書籍4では「ダイレクトチャージ」と呼称しているので、本記事もそちらに倣うことにします。
従来のバッテリー充電方式
USB PD PPSの利点を解説する前に、現行のUSB端子を構成するリチウムイオンバッテリー充電を行うための3つの発熱要素について解説します。
1つ目の要素がAC-DCコンバータです。これは家庭用AC100Vの交流電源を直流電源に変換する電子回路で、従来のUSB充電器やACアダプタなどが該当します。このAC-DCコンバータを介して、USB 5VやQC3.0などの扱いやすい形の直流電圧をUSB搭載機器に加えます。
2つ目がバッテリー充電回路です。これはバッテリー搭載機器が内蔵している電子回路であり、バッテリーの充電状態に応じて出力を調整し最適な充電を行うよう制御(CCCV充電)する機能を担います。充電制御にはDCDCコンバータを内蔵する専用の充電コントローラなどが使われます。
最後の3つ目がバッテリーです。バッテリー充放電時に内部抵抗による抵抗成分や化学反応によって発熱します。

ここから、スマホの急速充電でUSB PD9V給電が行われる例を元に解説しましょう。
最初の段階で交流100Vを直流9VにUSB PD出力に変換されスマホに給電が行われます。その後スマホが受電した後にも9Vからリチウムイオンバッテリーが充電できるよう内部でさらに降圧され、バッテリー充電が行われます。
これら3つの要素は全て発熱源となるのが大きなポイントです。基本的に、熱はバッテリーや機器の安定性や寿命に悪い影響を与えるため、発熱をどのように処理するかが損失低減や長寿命設計の要点になっています。
この方式はUSB充電器を使ったリチウムイオン搭載機器以前から広く使われる方式で、ACアダプタを使ったリチウムイオンバッテリー搭載機器なども同じような回路で構成されています。
USB PD PPSでは端末内の変換損失を抑えられる
では、USB PD PPSを使った場合、充電回路の構成はどのように変わるのでしょうか。
PPS対応充電器は、機器からの要求に応じて出力を調整する機能を持ちます。より単純に表現すると、PPSとは「USB充電器と機器側の充電回路が連携し、バッテリーの状態に適した条件で給電する」ような機能とも言えます。
充電器の出力電圧を調整することで、機器内部の電力変換を効率化し、変換損失を抑えられます。ただし、端末側には電圧・電流の調整、バッテリーの監視・保護が引き続き必要です。PPSによって充電回路が丸ごと不要になったり、変換損失や発熱がなくなったりするわけではありません。

こちらもスマホで例に解説してみましょう。
USB PD PPS充電器はAC100Vを直流に変換し、スマホがバッテリーの状態に応じて要求した出力電圧と電流制限で給電を行います。スマホ側では受電した電力を充電回路で調整し、バッテリーを監視・保護しながら充電します。充電器の出力を充電回路に適した条件へ近づけることで、スマホ内部の変換損失と発熱を抑えられるのがポイントです。
端末内の変換損失を抑えられれば、スマホの発熱を抑え、より大きな充電電力を扱う余地が生まれます。全体の発熱を抑える設計は内蔵バッテリー・スマホ本体の長寿命化や、放熱設計の簡素化による小型化軽量化、低コスト化にも繋がる可能性があります。実際の効果は充電回路や放熱設計によりますが、設計次第で得られるメリットは山のようにあります。
PPSは、充電器と機器側の充電回路を連携させ、効率の良い充電を構成するための規格とも解釈できます。
電流制限を定義するPPS
PPSは、電圧出力を20mV、電流制限を50mA刻みで要求5できる仕様と策定しています。
PPSの指定電流は、常に流す電流ではなく、充電器の出力電流を制限する値です。機器がそれより少ない電流を取り出している間は定電圧で動作し、負荷が指定した上限を超えようとすると、充電器は電圧を下げて電流を制限します。要求した電流が負荷にかかわらず強制的に流れるわけではありません。これは通常の電流制限動作であり、異常時の過電流保護とは別です。また、1A未満の要求では電流制限動作は規定されません。20mV・50mAは要求値の刻みで、出力の誤差がその幅以内になるという意味ではありません。
PPSでは電流制限の挙動も定義されているので、機器側がバッテリーの状態を監視しながら電圧と電流制限を更新し、定電流定電圧充電(CCCV)に適した給電条件を作れます。充電器の出力調整を活用しつつ、充電管理とバッテリー保護は機器側で行う構成です。
Samsung GalaxyやGoogle Pixelでも使われるPPS
USB PD PPSは、SamsungのGalaxy向け「Super Fast Charging」「Super Fast Charging 2.0」や、Google Pixelの充電案内にも登場します。SamsungはPPS対応の25W・45W充電器を案内しており、Googleは30W以上のPPS電源アダプターを充電方法の選択肢として挙げています。
PPSを使う機器の充電器選びでは、端末が想定する充電性能に合うPPS対応モデルを選ぶことがポイントです。端末と充電器の組み合わせに加え、充電器が提示するPPSの電圧・電流範囲やケーブルの対応電流によって、利用できる充電条件が決まります。
さてこのUSB PD PPS。面白い技術なので実際に触れてみたい所です。PPSに対応した充電回路のリファレンス設計も公開されていますが、機器側にはPD通信だけでなく、バッテリーの充電管理や保護を組み合わせる必要があり、自作で安全な充電システムを実装するには少し敷居の高い技術です。
このPPSの機能は、従来のバッテリー搭載機器の在り方を大きく変える技術です。汎用的で体系化された100W給電規格の登場は、各社が独自に策定した100W以下の独自急速充電の大義名分を全て破壊することになるでしょう。
本記事内の解説に関しては、仕様書の読み間違いや解釈誤り、今後の改定・拡張による内容変更もあるので、内容の誤り・改定に気付き次第随時修正していきます。
参考
- D2T2-1 – USB Power Delivery.|USB-IF
- USB_PD_R3_0 V2.0 20190829 + ECNs 2020-02-07 | USB-IF
- USB Type-Cのすべて 著:野崎原生 他|CQ出版社
脚注
- 電流制限リストも含む
- USB_PD_R3_0 V2.0 20190829 + ECNs 2020-02-07 Page.47 | USB-IF
- TRAVEL ADAPTER| docomo
- USB Type-Cのすべて 著:野崎原生 他|CQ出版社 P194
- USB_PD_R3_0 V2.0 20190829 + ECNs 2020-02-07 Page.130 | USB-IF






